齋藤春宮の悩み 〜想い、花開く〜-14
ふが〜〜〜……
スケッチブックに顔を埋め、春宮より派手な寝息を立てている。
「……」
春宮は思わず吹き出してから、上着を脱いだ。
上着を楓にかけてやろうと傍に寄った春宮だが、ふと息を詰める。
こぼれたよだれは居眠りしている以上、仕方ないにしても……僅かに開いた唇は、少年にとって酷だった。
「宇月、さ……」
ごくり、と春宮の喉仏が動く。
よだれが付いていようといまいと、ふっくら柔らかそうな楓の唇だ。
「宇月さん……」
かすれた声で春宮は呟き、眼鏡に手をかける。
「うづ、きさ……楓、さん……」
あっさりと眼鏡は外れ、楓は眠りから覚めないままだ。
春宮は屈み込み、そっと顔を近付ける。
微かに触れ合った唇は、予想以上に柔らかかった。
楓の眠りを妨げないよう、春宮はすぐに唇を離す。
自分は最低の卑劣漢だと思い、春宮は唇を噛み締めた。
唇を奪われた事すらも知らずに眠り続ける楓の傍に居続ける事が、息苦しい。
自分の招いた事態に耐えられなくなった春宮は、踵を返して家庭科室を出ようとした。
「ん……」
だがそれを察知したかのように、楓が目を覚ます。
「やだ、寝ちゃった……あれ?」
楓はすぐに、立ち上がった春宮に気付いた。
「あれ?れれ?」
楓は顔の周りをぱたぱた触り、なくなったモノを捜し始める。
「あ……」
眉を歪めて目を細め、楓は春宮を見た。
「齋藤君……よね?私の眼鏡、知らない?」
春宮は思わず、利き手を見下ろした。
楓の眼鏡は、ここにある。
それを見た楓の視線が、ますますけわしくなった。
「……何で齋藤君が、私の眼鏡を持ってるの?」
その問いに、春宮は唇を噛み締める。
――誤魔化す事など、できはしない。
「取ったんですよ……俺が……」
心の内で降り積もった想いが、歪んだ形で花開こうとしていた。
一方の楓は、理解できていなかった。
背中に当たる硬い感触は、自分がデスクへ寝かされている事を教えてくれる。
視線は天井を眺める前に、目を閉じた少年の顔で一杯になっていた。
そして顔の下半分には、異様な密着感をアピールする個所がある。
熱い息が何度も頬を撫でるため、楓はパニックを起こすより先にくすぐったさを覚えて眉をしかめていた。
「っんで……!」
急に離れた春宮の顔が、きしるような唸り声を上げる。
「何で……逃げない……?」
歪んだ想いが楓に影響する前に、愛想を尽かされてしまいたかった。
楓が傷付くより先に、自分が傷付いてしまえばいいと。
「俺は、これから……っ!」
楓の指が、春宮の頬に触れる。
「こ〜んな顔されたら、逃げるに逃げらんないわよ」
言われた春宮は、楓の顔へ滴るモノへ気が付いた。
「俺っ……俺っ……!」
楓は微笑み、春宮の肩に腕を回す。
「よしよし。この際、泥吐いちゃいなさい」
背中を優しく撫でられた春宮は、楓の上に突っ伏した。
「俺っ……中一の時からずっと、宇月さんが好きでっ……!でも、宇月さん……気付いて、くれなくてっ……!」
楓は思わず、苦笑いを漏らす。
こんな状況になったのは、どうやら自分の鈍さが原因らしい。
「そっかぁ……ごめんね、気付いてあげられなくて」
春宮は、ぶんぶん頭を振った。
「それでっ……寝てる間に、キス……して……眼鏡取ってるのばれちゃったし、もう宇月さんは俺の事なんか見てくんないだろうと思って……自分の手で終わらせた方がいいやと思って……今、無理矢理……」
楓は、春宮を抱き締める。