7.帰宅-1
明くる日、香代はケンジと一緒に閉店後の『シンチョコ』を訪ねた。
「ケニーさん、お久しぶりです。こんな形でお会いすることになるなんて……」
香代がひどく申し訳なさそうに言った。
「元気そうやな。何よりや」
ケネスはにこにこしながら香代の手を取った。
「話は聞いた。ほんで、一つだけ香代さんに確かめたいことがあんねん」
「何でしょう」
「あんさんが家を出て、志賀のおやっさんに手紙を書いたやろ? その内容が知りたいんや。覚えとるか?」
「はい。私今でもはっきり内容を覚えています。『事情があってしばらく家を出ます。四年後に必ず帰ります。約束します。その間どうかそっとしておいて下さい。将太をくれぐれもよろしくお願いします』って書きました」
「中身がちゃうな」
ケネスが厳しい顔で言った。
「おやっさんの話やと、好きな男ができたからもう二度と家には帰らん、てなことが書いてあったらしいで」
「ええっ! そんな……」
「手紙がすり替えられとる」
「間違いないな」ケンジも険しい顔をして言った。
「林の仕業……」香代はうつむいて歯ぎしりをした。
「覚えがあんのか?」
「はい。夫の借金返済に関わることを引き受けていた弁護士の林という男に、私手紙を預けたんです」
「借金? 稔さんが借金してたんか?」
香代は首を振った。「全くのでたらめです。夫に借金なんかありません。それに林が弁護士というのも嘘。その上夫の同級生だと偽って私を騙し、金づるにするために黒田というAVプロダクションの社長とグルになって、無理矢理私を女優として働かせていたんです」
「と、とんでもないやっちゃな!」ケネスは固く握った拳を震わせた。
それから香代は家を出てから今まで四年間の出来事を洗いざらいケニーに告白した。
ケンジが横から言った。「結局脱税と未成年者略取・監禁、詐欺の罪で警察のご厄介になったらしいぞ、その林と黒田夫婦」
「極悪人やな。よっしゃ!」
ケネスが膝を打った。
「わいが志賀のおやっさんにほんまのこと伝えたる」
「そうしてくれ、ケニー」
「香代さん、ほんまつらい目に遭うたな、あんさんには何の罪もあれへんのに……」
ケネスは香代を静かにハグして、震える声で言った。
「大丈夫、わいに任せとき。将太にもあんじょう言うて聞かせるよってにな」
「ありがとうございます、ケニーさん……」
ケネスに肩を抱かれたまま、香代は涙をぽろぽろとこぼしていた。
明くる日、志賀工務店の事務所を訪ねたケネスは、香代が家を出なければならなくなった経緯と、その後彼女の身に降りかかった出来事を建蔵に話して聞かせた。
「わしは……」建蔵はうなだれてケネスと向かい合っていた。「香代さんに土下座せにゃならん」
「おやっさんも、ある意味騙されとったんや。そないに落ち込むことあれへん」
「香代さんが家を出た時、草の根分けてでも探し回るべきじゃった。そうしていればあの人に四年間もそんなつらい思いをさせずに済んだっちゅうのに……」
「もうええ。とにかく香代さんを昔通りに迎え入れてやってな」
「わかっとるよ」
「姫野君には何て言うつもりや?」
「夫の稔を失った香代さんが新しい相方を見つけたちゅうことだろ? 祝福してやらんでどうする」
「心が広いな、さすがおやっさん」
「香代さんとその彼氏と話し合うて、これからのことを決めるよ」
「一緒に住むんか?」
「わしとしてはその方がいいが、二人が所帯持ってどこか別のところで暮らしたいと言えば、それを拒むわけにはいくまい」
「そうやな」
建蔵は眉尻を下げた。
「すまんなケネス。おまえにはいつも世話かけてしもうて」
「なんのなんの、わいにできることをやっとるだけやんか」
ケネスは立ち上がり、建蔵の肩を軽くたたきながら笑った。
「将太にも香代さんが帰ってくることを知らせなあかんねけど、おやっさんどないする? わいが説明したってもええで?」
「いや、わしから話して聞かせるよ」
ケネスはにっこり笑った。
「そうか。ほな」
◆