7.帰宅-3
将太と香代は繋がり合ったままだった。
「このパンスト」
将太は香代のその言葉を受けて恥ずかしげに言った。
「母ちゃんのタンスから盗んだ。母ちゃんがいなくなってから、俺、このパンストの匂いをよく嗅いでた」
「そうなの……」
「よせばいいのにさ。そんなことする度に俺、母ちゃんに強烈に会いたくなったり、憎んだり、悔しがったりしてたんだ」
「将太……」
「本物の母ちゃんの匂い……やっぱり実物がいい」
将太は上になった香代の身体を抱き寄せ、目を閉じて香代の胸に顔を埋めた。
「将太はいつまでも甘えっ子……もう二十歳なのに」
香代はくすっと笑って将太の頭を撫でた。将太は目を上げ、照れたように言った。
「当たり前だろ。死ぬまで俺は母ちゃんの子どもなんだから」
立ち上がり服を着直した将太はカーテンを開けた。春の陽が眩しく差し込み、部屋はまるで別の世界のように光に満たされた。
振り向いた将太は眉尻を下げて言った。
「ごめんね、母ちゃん。乱暴しちゃって」
香代は首を横に振った。
「いつの間にか大人になってたのね、将太」そして顔を赤らめた「すごく……気持ちよかったよ」
将太は一気に赤面した。
「彩友美には内緒にしといて、お願い」
そして将太は手を合わせて香代を拝んだ。
「将太、彩友美さんとのなれそめって?」
畳に横座りをした香代のすぐそばに将太も足を投げ出して座った。
「強烈なんだよ」
将太はおかしそうに言った。
「強烈?」
「そう。でも母ちゃんのお陰」
香代は面食らったように言った。
「なに? どうして私のお陰?」
「実はさ、」将太は手を後ろに突いて顔を天井に向けた。「高校時代、俺、荒れてたんだ」
香代は申し訳なさそうな顔で将太を見た。
「私があなたを置いて出て行ったらから……よね?」
将太は小さくうなずいた。
「三年の時の担任だったのが彩友美。でね、反抗的だった俺を心配して、真剣に関わってくれてた彩友美に、俺ずっと乱暴してたんだ」
「乱暴……してた?」
「そうなんだ」
将太はひどくつらそうな顔をした。
「いやがる彩友美の服を無理矢理脱がせて、その……」
「えっ?」
「誰もいない音楽室で、俺……」
「ほんとに?」
「俺も彩友美も今では思い出したくないこと、ずっとやってた……」
将太はうつむいた。
「だけど彩友美は俺の気持ちを受け入れてくれて、ケニーおっちゃんにも殴られて目が覚めた」
目を合わせずに頭を掻いていた将太の手を取って、香代は言った。
「将太がそんなに苦しんでいたなんて……ごめんなさい、ほんとに……」
「母ちゃんが謝ることないよ。母ちゃんの方がずっと辛い目にあってたわけだし」
将太は香代の目を見た。
「だから、俺にとっては彩友美は恩人なんだ。ケニーおっちゃんも、それに母ちゃんも」
香代は切なそうな目で将太を見つめ返した。
「将太は恵まれてるのね。周りの人に」
将太は満足そうにうなずき、母親を柔らかな瞳で見た。
「母ちゃんもだろ」
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