6.心の奥底-3
その夜、グレーの作業着を着た建蔵が『シンチョコ』にケネスを訪ねた。
「おお、何や、どないしたんや? おやっさん」
閉店後の片付けをしていたケネスが所々にチョコレートのシミのついた白いユニフォーム姿のまま建蔵を出迎えた。
「話があるんだ、ケネス」
ケネスはその老職人を喫茶スペースのテーブルに座らせ、自分もそれに相対して座った。
「あの女の話なんだが……」建蔵は静かに話し始めた。
「あの女?」
「四年前家を出て行った嫁だよ」
「香代さんのことか?」
建蔵はうなずいた。
「今日、若い男が訪ねてきてな、あの女が帰りたいと言っていると言うんだよ」
「若い男? 誰やそれは」
「わしも初めて見るヤツだった。確か姫野と名乗っとった」
「そいつが香代さんの新しい男だったっちゅうわけか?」
「わしも始めはそう思うた。じゃが、よくよく考えたら、そんなやつがのこのこ実家にやってきてわしと会ったりするか、と考えた」
「うむ。確かにそうやな。で、その男は他にどんなこと言ってたんや?」
「約束の四年が経った、とか言うとった。」
「どういう意味やねん、おやっさん」
「わしにも意味がわからん。それより、」建蔵はいつもケネスに頼み事をする時に見せる目をして言った。「ケネス、あの子に、将太に会わせた方がええんじゃろうか、母親を」
建蔵が予想していた通りケネスは困った顔をした。
「今さら、あの子を捨てた女を迎え入れる気持ちにはなれんのだが、将太にとってはやっぱり母親だしな……」
「将太は、」ケネスが言葉を選びながら言った。「母親のことをどう思うとるんやろ、今」
「わからん……彩友美さんになら話しとるかもしれんが」
「その姫野っちゅう男の連絡先は訊いとらんのか? おやっさん」
建蔵は申し訳なさそうに眉尻を下げた。「怒りが爆発して、即刻追い出してしもうたから……」
「そうか。……まあ、無理もないわな」
「今度来たら、ちょっと冷静になって話を聞いてやるつもりじゃが……」
「また訪ねて来そうか?」
「……わからん」
ケネスは腕組みをして低い声で言った。
「わいも前から思うとったんやけど」
建蔵は顔を上げた。
「あのよう気が回る、どっちか言うたら穏やかな感じの香代さんが、いきなり外に男作って家を出て行くやなんて、どうにも信じ難いんや」
「じゃが、実際手紙を書いてよこしたじゃないか」
「その手紙、怪しいと思えへんか?」
建蔵は険しい顔をして黙り込み、唇を噛みしめた。
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