4.セックス・セラピスト-4
実はこの海山和代、ケンジの双子の妹マユミが高校時代所属していた水泳部で、マユミと同じマネージャーを務めていた。マユミはケンジとは別の高校に通っていて、和代はマユミの一つ下の学年だった。
先輩マネージャーのマユミからも鬱陶しがられる存在だった和代は二年生の時の12月、意を決してケンジ兄妹の自宅近くの公園でケンジを待ち伏せして告白するも速攻で振られたという経験を持つ。ただ、その理由がこの弾けた性格だからというわけではなく、ケンジには当時すでにカラダの関係にまでなっていた彼女がいたからなのだった。その彼女というのが何を隠そう、彼にとっての実の妹マユミだったのだ。
当時ももちろんそのことは極秘事項で、二人のその禁断の関係を知る第三者はケンジの親友ケネス・シンプソンのみだった。ケネスは後にそのマユミと結婚し、二児の父となり、現在『シンチョコ』を二人で仲良く営んでいる。
「そう言えばマユミ先輩も巨乳ですよね。あたし、羨ましくて仕方なかったなー、高校の時」
ケンジはぎくりと肩を震わせた。「な、なんでだよ」
「だって、あの大きくてすてきなおっぱいを狙ってる男子水泳部員、山ほどいたんですから」
「何だと?!」ケンジが出し抜けに大声を出し、立ち上がった。「初耳だぞ! そんなこと」
ダージリンのティーバッグをちゃぷちゃぷとカップに出し入れしていた和代は、思わず手を止めて目を上げた。
「どうしたんです? ケンジさん、急に大きな声で」
「い、いや……」
「あの爆乳狙いで何人からもコクられてましたね、先輩」
「マ、マジか……」
ケンジはそわそわしたように目を泳がせた。
「ケンジさんはそんな妹のおっぱい見て欲情したりしなかったんですか?」
「ばっ! ばかなこと言うな! そ、そんな気になるわけないだろっ!」
ケンジは真っ赤になって否定した。
向かいに座ったミカはそんなケンジを見て小さく吹き出した。「座れば? ケンジ」
「ねえねえ、ケンジさん」
「なんだ」ケンジは愛想のない返事をして、ミカが淹れたコーヒーのカップを手に取った。
「あたしが高校時代貴男にコクった時、すでにつき合ってた彼女って、誰だったんですか?」
口に入れたコーヒーを噴きそうになって、慌てて飲み込んだケンジは早口で言った。
「またいきなり何を言い出すんだ、キミは」
「だって、ずっと気になってるんですもん」
「そんなこと知らなくていいんだよ。早く忘れろ」
そんなケンジと海山和代のやりとりをミカはずっとにやにやしながら聞いていた。ケンジと結婚したミカは海棠兄妹の高校時代の秘密を知っていたが、海山和代は未だに知らされていないのだった。
「えー、教えて下さいよ。まさかその時すでにミカさんだったとか」
「違うね」ミカが言った。「あたしたちが知り合ったのは大学時代だ、って言っただろ? 前に。覚えてないのか」
「でしたね。で、その彼女だった人、どんな人だったんですか?」
「おまえが当時も今もよーく知ってる人だよ」ミカが面白そうに言った。
「えっ? ほんとに?」和代は目を輝かせた。
「言うな」ケンジはミカを睨み付けた。
ミカは海山和代に身を乗り出して言った。
「それが誰かを知ったら、心理学者のおまえの恰好の研究対象になるだろうよ」
「え? ほんとに? どんな研究対象ですか?」
「『近親者の恋愛における心理的・遺伝的傾向について』」
「だーっ!」ケンジが立ち上がって大声を出した。「ミカっ! 話題を変えろっ!」
「?」
海山和代は眉間に深い皺を寄せ、人差し指を顎に当てて考え込んだ。
「と、とにかく、」ケンジが腕時計を海山和代に指し示しながら言った。「もう時間がない。そろそろ依頼人の二人が来る頃だ」
「あ、ほんとだ」
「ちっ」ミカは小さく舌打ちをした。