4.セックス・セラピスト-2
ケンジとその二歳年上の妻ミカ(40)は、主にセックスについての悩みを持つカップルや夫婦へのカウンセリングやセラピーを昨年から行っていて、そういう看板も上げている。新しく開業するホテルの最上階には、その専用ルームが作られていた。
ケンジもミカも、在学していた健康・体育系の大学では水泳サークルに所属し、大会にも多く出場して実績を上げていた。サークルで先輩後輩の間柄だった二人は、卒業後結婚してすぐ、その高い水泳技術を生かしてケンジの生まれ育ったすずかけ町にある市内でも有数のスイミングスクールに就職した。そしてそのオーナーが引退すると、その経営をそっくり譲り受け、『海棠スイミングスクール』と名称を変えて新たにプログラムを作り直し、ケンジ、ミカ自身がインストラクターとなった。スクールは多くの優秀な選手を輩出して名を上げ、生徒数も増えたことから、オープン10周年を記念して今回ケンジは事業を拡大し『海棠スイミング・アミューズメント・ワールド(AW)』という健康・スポーツ系の総合施設を建設したのだ。
メインとなる公式競技でも使用できる50m8コースのメインプールと25m6コースのサブ・プール、それにジムやジャグジーを備えた大きなドーム型の『海棠スイミング・ドーム』。その隣に三階建ての『海棠アミューズメント・プラザ』。三階に広い大浴場を持ち、一階部分にはテナントのショップ、二階の一部にもスポーツ用品を扱うショップがあり、通りに面してファミリー向けのレストランが入っている。そしてその裏手に『シティホテルKAIDO』。14階建てで、地階に事務所、最上階に噂のセラピー・ルームがある。
『海棠スイミング・ドーム』通称『KAIドーム』の屋上の一部は空中庭園となっていて、緑化によって癒やしの空間が作り上げられていた。また、その建物の裏手には屋外プールも造られ、翌年夏にオープンする予定だった。波のプールや流れるドーナツ型プール、幼児用の水遊び場、それにスライダーやオープン・キッチン、カフェなども備えた、本格的シティ・リゾートとして新たな観光スポットになるのは間違いなしだった。
「そやけど、ケンジ。わい、前から思うとったんやけど」
「なんだ」
ケンジはカップをソーサーに戻してケネスに目を向けた。
「このバッジ、」ケネスは自分の白いユニフォームの襟についた金色の小さなバッジを指さした。「デザイン考え直して欲しい、思えへんか?」
「すずかけマイスターのこのバッジか?」
ケンジも自分の胸についた同じバッジに目を落とした。それは金色の鈴掛の木の葉の形で、真ん中に『S.M.』と赤いアルファベットが刻印されている。
K市の『すずかけマイスター制度』は、すずかけ町の商工会が推薦し市が公認している市内の優秀な技術者、職人、教育者など、社会への貢献度の高い人物に付与されるもので、市長印の押された証書とバッジが交付されることになっていた。その実績と貢献度に応じて『ゴールド』と『シルバー』の二種類があり、この『ゴールド』のバッジをつけている者は、現在市内に10人ほどしかいなかった。ケネスはショコラティエとしてゴールドランクに認定されている。
「『S.M.』って、なんかSM倶楽部の会員みたいで恥ずかし思えへんか? マイスターのこと知らん人が見たら絶対そない思うで」
「そう言われれば」
ケンジは笑った。
「おまえの場合は『セックス・マスター』の頭文字思われるで、うははは!」
ケネスは大口を開けて笑った。
「バカ言うな。何だよ『セックス・マスター』って」
ケンジはにわかに赤面した。
「で、おまえの証書には何て書いてあるんや? セックスセラピストか?」
ケンジはその旧来の親友を睨んだ。
「水泳指導者だよ」
「ああ、そっちか」
ケネスは笑った。
「知ってたくせに」
「ま、ありがたいこっちゃけどな」
「素直に喜べよ」
ケンジはカップを持ち上げ、残った一口を飲み干した。