3.救済者-6
拓也はハンドルを両手で握りしめ、しきりに恐縮して困ったような顔をしていた。
香代は言った。
「こんなすごい人と知り合えて、私すごく幸せね」
「そ、そんな山田の言うことなんか、真に受けちゃだめだよ、香代さん」
「たくさん勉強したんでしょう?」
「それは誰にも負けない自信があるよ。大学の時に創った短編がゼミで取り上げられてから、すっかりその気になって、それからはもうがむしゃらに」
拓也は笑った。
「きっと才能もあったんだわ」
「ただ、僕がAVカメラマンになったことを教授は嘆いてた。そんなものを撮るためにおまえを育てたんじゃない、ってね」
「どうしてこの世界に?」
「始めはバイト。でも世の中の人がそんな風に下に見ている作品を、もっとレベルが高いものにしたい、っていう思いもあった」
「現場で撮ってて集中できなくなることないの? 目の前でラブシーンやってるわけでしょ? その、カラダがむずむずしたりとか……」
「バイトの時はそうだったね」
拓也は照れくさそうに言った。
「でも、演じている女優さんも男優さんもスタッフも真剣なんだってことがわかったら、ただいい画を撮ることだけに没頭できるようになったよ」
「そうなの……」
「AV女優のことを、それまで誤解してた、ってことだね」
「誤解?」
「彼女たちだって、普通の女優さんと同じようにその演技を売って仕事をしているわけで、決して身体を売ってるわけじゃない。売春なんかと違って、尊い職業の一つだからね」
「みんなプライドがあるわね、確かに」
拓也は大きくうなずいた。
「そんな風にある意味誇りと覚悟を持たなきゃできない仕事なのに、世間からはずいぶん誤解されてるだろ? そう思うとすごく過酷な労働だと思うよ」
香代は目を閉じて小さくうなずいた。
「だから余計に、高いレベルのものを創ってAVに対する世間の偏見を少しでも減らそうって思ったんだよ」
「えらいわ……拓也君」
「なんて偉そうに言ってるけど、僕なんかができることには限界があるよね」
拓也は赤くなってまた頭を掻いた。そしてハンドルを切り、車を右折させた。
『シンチョコ』の広い前庭の一画にある石畳の駐車場に車を乗り入れた時、店の主のケネスに見送られるようにして中から一人の男子高校生が走り出てきた。そうして正面入り口の脇に駐めてあった自転車に飛び乗り、慌てたように走り去っていった。
香代はその高校生の後ろ姿を見て、息をのみ、身体を硬直させた。
「どうしたの?」
車を駐車スペースに駐めた拓也はエンジンを止めて香代に向き直った。
「い、いえ、何でもないわ」
拓也は外に回って助手席のドアを開け、香代を外へと促した。
店の外に出て先の高校生を見送ったケネスが一瞬空を仰いだ後店内に姿を消したことを確認して、香代は車を降りた。そしてああ、と小さくため息をついた。
「懐かしい……」
「雨が降り出したみたいだ」
拓也が言って、香代の手を取り、早足で店のエントランスに向かった。