3.救済者-2
香代にとって二度目の撮影は、前回と同じ撮影所のマンションだったが、違う部屋が使われた。そこは白い壁の洋室で、広い窓から本物の真夏の眩しい光が差し込むリビングのセットだった。香代のアパートにあるものとは格が違う豪華なソファが毛足の長いカーペットの上に置かれている。部屋の一角には大きなキャビネットが置かれ、さまざまな形のグラスやラムやウィスキーなどの洋酒の瓶が並んでいる。
「今回は暇を持て余した富豪夫人という設定だからな」
監督の黒田が言った。
瀟洒でノーブルなラベンダー色のワンピースを身につけ、フェイクのパールのネックレスをつけた香代は、暖炉脇の壁際に三脚を立てている拓也に視線を投げた。拓也はすぐにそれに気づき、小さく手を振ってにっこり笑った。
「用意、アクション!」
黒田の声が響いた。
夫が仕事で留守にしている昼下がり、ソファに座って退屈そうに雑誌をめくっていたカヨコは、来客のチャイムが鳴ったことに気づき、立ち上がって玄関に出た。そこには一人の男が立っていた。それはカヨコが大学時代につき合っていた元彼の俊也だった。
あまりの懐かしさにカヨコは俊也をリビングに招き入れた。そして二人は寄り添うようにソファに座って以前つき合っていた頃の話で盛り上がっていった。
そのうち、俊也はカヨコの肩を抱き、またあの時のように、と耳元で囁きながら、カヨコの来ていたワンピースの裾から手を忍び込ませた。
カヨコはだめ、と抵抗しながらも、次第にその元彼の意のままに身体を抱かれ、着衣を脱がされていった。
それからその男優は手慣れたように香代のカラダを撫で、さすり、唇を這わせて熱い愛撫を続けた。
拓也はファインダーを覗きながら『カヨコ』の表情を追った。
「あの、ちょっとカメラ止めて下さい」
カヨコの股間に手を忍び込ませた相手役の男優が言った。
「ん? どうした?」黒田が言った。
「この時点ではすでにカヨコはぐっしょり濡れてるという設定なんですけど……」
黒田は腕組みをして怒ったように言った。
「なにっ? おまえがあれだけいじり回しても濡れてないのか?」
「はあ……」
男優は申し訳なさそうに頭を掻いた。
セカンドカメラの若いスタッフがすぐ横に立っていた照明係の男に小さな声で言った。
「今回の男優、愛撫のエキスパートなのにな」
「あれだけやられてもその気になれない香代さんて、ある意味すごくね?」
「たいていの女優は、演技するのも忘れて本気で身を任せるってのにな」
「しょうがない。ローション持って来い」
黒田が言うと、別のスタッフが例の赤いラベルの容器を手に香代に近づき、躊躇わず秘部にその中身を塗りたくった。
「ごめんなさい」香代は小さな声で、覆い被さってきた男優に囁いた。「まだ緊張してて……」
その男優はふっと笑った。「あれで濡れなかったのは貴女が初めてですよ、香代さん。僕のテクもまだまだですね」
「ほんとにごめんなさい」
「気にしないで。じゃあ入れますよ。感じてなくても演技して下さいね」
男優はパチンとウィンクして、身体を起こし、自分のペニスを握って香代の秘部に押し当て、ゆっくりと挿入していった。香代はううっ、とうめき声を上げ、顔をしかめた。
男優の気遣いで香代の緊張は幾分和らぎはしたが、ローションはあまり功を奏していなかった。挿入されてからずっと秘部に感じる違和感と痛みは続いていた。いきおい性的な昂奮など覚えることはなく、身体はほとんど熱くならなかったが、自分なりに喘ぎ声を上げてみた。拓也の構えるカメラを見つめながら。
「この目、この目ですよ」
機器を調整する若いスタッフが、すぐ隣で同じようにモニターを凝視している黒田に向かって言った。
「人妻カヨコのこの何とも言えない切なげな目がすっごい評判なんです」
「そうなのか?」
黒田は面白くなさそうに言った。
「第一作目でも同じような目を何度もしてましたけど、あのDVDの視聴者のレビューのほとんどに書かれてました。まるで演技とは思えない、昂奮した、って」
「そうか」
拓也は、男優と繋がってから香代が頻繁に自分のカメラを見つめ、瞳を潤ませるのを見て、胸が締め付けられる思いだった。あれは演技じゃない、本当に辛いんだ。お金のためとは言え、好きでもない男に抱かれて、哀しみをこらえている目だ。
俊也がクライマックスでペニスを抜き去り、カヨコの胸に向かってその白い液を放出した後も、全裸になった彼女は放心したように、しかしずっと拓也をカメラのレンズ越しに見つめていた。
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