2.初仕事-5
その二日後、林が香代をアパートに訪ねた。
「こないだはご苦労さん。今週中には編集が終わって今月中には製品になるらしいよ」
玄関先に立ったまま、額から流れる汗をグレーのハンカチでしきりに拭きながら、中に入ろうともせず林は上機嫌で言った。
「そうですか……」
香代はあの撮影の苦しみを思い出して思わず唇を噛んだ。酸っぱいものが少し喉元に上がってきて、香代は思わず顔をしかめた。
「それじゃ、これ、」林がバッグから茶封筒を取り出した。「今回の貴女の取り分」
「ありがとうございます」
香代は丁寧に頭を下げ、それを受け取った。
林はそのままそそくさと帰って行った。
香代はその場で封筒の中身を確認した。一万円札が三枚入っていた。
「何それ。安っ!」
リビングで、いつものように香代と向かい合って夕食をとっていたリカが、ビールの缶から思わず口を離して言った。
「あんたをあれだけ虐待しておきながら、なに? その額」
「ビデオ見たの? リカさん」
「あたいも気になって、編集途中のやつを黒田に見せてもらった」
「そう……」
「想像以上にひどいやり方だったわね」そして眉尻を下げ、香代の目を見つめた。「香代さん本気で怯えてたね」
香代はぽつりと言った。
「あんなのが製品になって売られるのね……」
「黒田のヤツ、めっちゃ上機嫌だったよ。ほんとにレイプされてるようだ、って」
「……」
「ほとんど本物のレイプだよ、あれ。なのにたったの3万円しか払わないってわけ?」
「私の借金分を林さんが黒田社長に返してくれてるんだもの、しかたないわよ」
「実際のギャラはいくらなの?」
「さあ」
「『さあ』って、香代さん、あんたちゃんと聞いといた方がいいよ。ごまかされちゃうよ」
「心配ないわ、だって林さんは私の主人の同級生だもの。信用できる人よ」
リカは何も言わず肩をすくめ、ビールを飲んだ。
「リカさんのギャラはいくらなの?」
「あたいは一本につき10万はもらってるよ」
「ほんとに? すごい。やっぱり5年も続けてるとそんなにもらえるのね」
「でもね、今はそれなりに仕事はあるけど、その内飽きられて出演依頼も減るかも」
丸い寿司桶から数の子のにぎり寿司を箸でつまみ上げて香代が言った。
「いずれは辞めるんでしょ? リカさん」
「そうね、今のうちはとりあえず稼げてるから考えてないけど、いずれはね」
「私、あなたと同居できてほんとに良かった」
「なに、いきなり」
「だって、リカさんいい人だもの」
「よしてよ。あたいの方こそ、こんなお寿司ごちそうしてもらっちゃって悪いわね」
「初めてのお給料だし、リカさんにはいつもお世話になってるし」
「薄給なのに無理しないの」
リカは軽く香代を睨んだ。
香代はにこにこ笑いながらリカを見ていた。