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アダルトビデオの向こう側
【熟女/人妻 官能小説】

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2.初仕事-4

「どうしたの?」
 美容室からアパートに帰ってきたリカは、リビングのソファに力なく横たわった香代を見て心配そうに言った。
 香代はその同居人の顔をちらりと見て、またすぐに焦点の定まらない目をしてため息をついた。
 リカは向かいのソファに腰掛け、バッグを肩から下ろして同じようなため息をついた後、静かに言った。
「そんなにショックだったんだ、香代さん」
 香代は目を閉じ、またため息をついた。
「最初の撮影の後はあたいもそうだったよ。慰めにならないかもしんないけど、そのうち慣れる……から」
 そこまで言って、リカは香代の着ているブラウスの右袖口に血がついているのに気づいた。彼女は胸騒ぎを覚えてソファから慌てて立ち上がり、香代の右手を取った。

 香代の手首に無数の切り傷があり、血が滲んでいる。

「ちょ、ちょっと! 香代さん!」
 リカは思わず香代を抱き起こし、ソファに座らせると、玄関ホールのストッカーから救急箱を運んできた。香代の手首に包帯を巻きながら、リカは強い口調で言った。
「どうしてこんなことしたの? そりゃあ、ショックだったことはわかるけど、こんなことするぐらい辛かったの?」
 力なく背を丸めてソファに埋まり込むように座り込んだまま、香代は何も言わずうなだれていた。

 香代の手首の処置を済ませたリカはスマホを取り出し、プッシュした。
「あ、拓也? あたい、リカ」
『ああ、リカ。どうしたんだ?』
 リカは大声を出した。
「どうしたもこうしたもないでしょ! 今日の香代さんの撮影で何があったのよ」
 しばらく沈黙した後、拓也は重苦しい声で言った。
『何って……』
「撮影してたのあんたでしょ? 今から来て、すぐに。事情が訊きたい」


 香代たちのアパートを訪ねた拓也は、リカに腕を掴まれ、強引にリビングのソファに座らされた。
「香代さんは?」
「部屋に寝かしつけたよ。さっき」
「何か聞いたのか? 香代さんに」
 リカは拓也の前に仁王立ちになって腕をこまぬき、彼を見下ろした。
「何も言ってくれないわよ。だからあんたを呼んだんでしょ」
「リカ、俺、思うんだけど、香代さんってやっぱりこの世界にいる人じゃないんじゃないかな……」
 リカは声を荒げた。「そんなことわかってる! それでも事情があってしかたなくここにいるんでしょ?」
「香代さん、どんな様子なんだ?」
 リカは拓也を睨み付けて言った。「リストカットしてた」
「ええっ?!」
「撮影で何されたのよ、あの人」

 それからリカは、拓也から今日の撮影の様子を詳しく聞かされた。

「調子に乗り過ぎだよ、黒田」リカは吐き捨てるように言った。「初めての撮影でそんな台本……あんた知ってたんじゃないの?」
「知ってたさ。俺だって意見したよ、社長に」
「確かにそれを素直に聞き入れるようなヤツじゃないか……」
「あそこまで乱暴なことされるとは思わなかったから……俺も」
「女性スタッフは一人もいなかったの?」
 拓也は無念そうに言った。
「厚子さんが一人。でも何もしないでずっと見てただけ。いつものように……」
「あんなの全然役に立たないじゃない! いてもいなくても一緒よ」

 しばらくの沈黙の後、リカが静かに口を開いた。
「もう足を洗わせようよ、香代さんには」
「そうだな……」
 その時リビングのドアが開き、香代が姿を見せた。
「だめなの……」
「香代さん!」思わず拓也は立ち上がり、叫んだ。
「私、続けます。この仕事……」
「もう、無理なんじゃないの? 香代さん」リカが重苦しい口調で言って、ドアにもたれかかるようにして立っていた香代の腕を取って、拓也の隣に座らせた。
「お金を返さなきゃいけないんです。どうしても……」
「家族に事情を話してさ、もっとまっとうな仕事をしたら?」
 香代は力なく首を横に振った。
「黒田社長が借金の肩代わりをしてくれてるんです。それに、主人がしでかしたあの浅ましい事実をお義父さんや息子に知らせるわけには……」
「でも香代さん」拓也が隣の香代に身体を向けた。「このままこの仕事を続けたら、貴女がまいってしまうよ」
「大丈夫です。今日は初めてだったからショックが大きかったけど、次からは……」
 リカと拓也は顔を見合わせ、同じようなため息をついた。

「ただ、」香代は拓也に目を向けた。「カメラはいつも貴男に回して欲しいの」
「え?」拓也は意表を突かれて高い声を出した。
「リカさんと貴男がいてくれたら続けられると思うの。だから……」

 しばらくの沈黙の後、香代は消え入るような声で言った。「わがまま言ってごめんなさい……」
「わかりました」拓也は香代の手を取った。「貴女の作品は僕が欠かさず撮る」

 拓也はあの時の香代の目が忘れられなかった。まるで道に迷い、怯えた子犬のような憐れで、しかし純粋な香代の自分に向けられたまなざしは、ずっと彼の瞼の裏にこびりついていたのだ。

「それがいいわね。でさ、」リカが言った。「社長にも言ってやってよ、拓也。今度からちゃんとした男優を相手につけるように」
「そうだね。今回のことで香代さんはもう社長とは絡ませられないね。下手をするとフラッシュバックが起きてしまう」
「拓也ぐらいしかいないから、社長に意見できるの」
「ありがとう……」香代の瞳から涙がこぼれ落ちた。「ほんとにありがとう、二人とも……」




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