1.自分との決別-5
「あの……」香代が顔を上げて小さな声で言った。「私のこと、いろいろ聞かれてるんでしょう? リカさん」
リカはソファに深く座り直して言った。
「あたいがあんたについて知ってるのは、家族に秘密の借金を返すために林に言われるがままこの世界に足を踏み込んだ、ってことだけ」
「そうですか……」
「歳も今初めて知ったぐらいだもん」
「今は誰にも頼れない身なんです。どうか力になって下さい」
香代はすがるような目でリカの顔を見つめた。
リカはいいけど、とくぐもった声で言って少したじろいだように瞳を泳がせた。
残っていたビールを飲み干すと、リカは低い声で言った。
「あんまりお互いのこと、こまごま訊いたり言ったりするのは好きじゃないのよ。っていうか、この世界にいる人間は普通の人より秘密が多いし、知られちゃまずいこともたくさんあるからね。あんたがいわゆるその典型じゃない」
「私、リカさんのことをいろいろ詮索したりしません。でも、私のことは……その、知って欲しい」
「そうね」リカは肩をすくめた。「せっかく同居人になったわけだし。何があったか知らないけど、あんたがすっごく不安になってることは、その顔見てればわかるわ」
リカは立ち上がり、香代の隣に座り直した。
「愚痴を聞くのは全然平気。だからしばらくはあたいに向かって感情をぶつけてもいいよ。年下の先輩として受け止めてあげる」
リカはチャーミングなウィンクをした。
AVの世界に生きている女性がこんなかわいらしい顔で笑うのか、と意外に思い、同時に親近感も湧いてきて、香代は思わず涙ぐんでリカの顔を見つめた。
「ありがとう……リカさん」
「それに、以前ここで一緒に住んでた子が半年前ぐらいに失踪してから、あたいずっとここに一人だったから、何かと助かるわ」
「し、失踪?」
「AV女優の仕事に耐えられなくなったんじゃない?」
リカは肩をすくめた。
「光熱費が割り勘にできるのも嬉しい」
あはは、と子供のように笑ったリカの顔は香代の心をまた和ませ、それまでの緊張をほぐしていった。
「社長から言付かったことを言っとく」
リカはソファの脇に置かれていた紙袋からスマホを取り出し、香代に差し出した。
「はい、これあんたの」
香代は躊躇いがちにそれを受け取った。
「社長からの仕事の依頼はメールで届く。その都度自分でスケジューラに登録しといた方がいいよ。この仕事を辞めるときはそれは返却。社長とか社長の奥さんの厚子さんとか林とか、最低限の連絡先は登録してあるから。それからあたいのも」
香代はスマホの電源をオンにした。軽やかな音がして画面に大きく『Pinky Madam』というロゴが現れた。
「通信利用料は天引きされるからあんまり頻繁に使わない方がいいと思うわよ」
「はい」