後編-1
1.
週末の仕事帰り。
遅い時間のバスを降りると、
後ろから女の人に声を掛けられた。
「うっ…。この声は…」
「やっぱり葵ちゃんだぁ。すごい久し振りだね。
バス通勤なんてどうしたの?」
「車が壊れた…」
帰宅が遅くなると、
家から遠いこのバス停を使うしかなくなるので、
普段は車で通勤している。
私が中学二年生のときに、
私たちの家族はアパートを出て一軒家に引っ越した。
学区外には出たくなかったので、同じ町内で移った。
結局その後も、私と茜が同じクラスになることは無く、
茜とは疎遠になった。
「成人式のときも話し出来なかったし」
「うん…」
成人式のときは周りに友達が大勢いたし、
正直なじられるのが怖くて、茜と目を合わせらんなかった。
「葵ちゃんタバコ吸うようになった?」
「吸わないよ、そんなの」
「お酒は?」
「付き合いで舐めるくらい。気持ち悪くなっちゃうし」
「良かったぁ」
「茜は?」
「お酒もタバコも嫌い。飲み会も出ない」
そういえば、茜のお父さんは吸ってたっけ。
茜の部屋以外はタバコ臭かった。
よくビールの空き缶を片付けしたな。
「お父さんは?」
「知らない。あんな人」
茜は暗い顔をする。
お父さんと離れて一人暮らししてるらしい。
それでも遠くの町に引っ越さないのは、
少しはお父さんを気にかけてるのかもしれない。
その方がいいな。
「葵ちゃん大人ぽくなってて、
バスの中で最初分からなかった」
暗かったので、私も改めて茜を見る。
私の方が背が伸びて、茜を見下ろす形になる。
茜は身長は標準でも、胸は大きい。
ちょっ、ちょっと待って。
茜は以前にも増して可愛くなってる。
父親と離れて暮らすのがよっぽど良かったみたい。
事務職してるはずだけど、
これなら男性社員がほっとかないだろう。
えっ?こんないい子が?
あんなこととか?しちゃってたワケ?
「…茜はもっと可愛くなった。本当に」
茜は喜んだ顔をする。
「葵ちゃんは今、好きな人、いるの?」
茜は私の目を覗き込んで尋ねる。
嘘が無駄なことは分かっている。
「…いない」
茜は微笑んで私の手を取る。
「じゃあ私たち、また。ね?」
茜は、私のウエストに腕を回して身を寄せてくる。
「葵ちゃんの匂い、久しぶり。変わらない」
「車通りで駄目だよ」
私にそう言われて、茜は素直に身を離す。
惜しそうに、私の前腕の内側に指先を滑らせる。
茜は私の感じるところをよく知ってる。
二人でずっと探り合った身体だ。
学校から帰ると、お互いの身体をオモチャにして遊んだ。
嗅ぎ慣れた茜の匂い。
一日中働いて強くなってる。
大人になって、女らしい甘い匂いになった。
子供の頃、茜と性行為に耽っていたのを思い出す。
ツバを飲み込むと、下腹が勝手に反応する。
「ここから葵ちゃんの実家は、暗くて遠くて危ないよ?
私の部屋、すぐ近くだからおいでよ。明日休みでしょ?」
「う…」
母親に電話をして、茜の名前を出すと喜んだ。
母親は茜を気に入っていた。
父親はロクデナシだけど、茜は普通のいい子だったのだ。
抗い切れない。
そんな理由は見当たらない。
ずっと心にあったのは罪の意識。
二人で楽しんだのに、茜だけ怒鳴られて、ぶたれた。
私は、茜ひとりを残して逃げたのだ。
私は悩みながらも、茜の後をついて行った。
茜の賃貸マンションに着く。
家族向けで、新築のようだ。
高級とまではいかないけど、
元の古いアパートとはまるで違う。
玄関には花が飾ってある。
「素敵な部屋だね」
部屋に上がるなり、茜は抱き付いてキスしてきた。
正直嬉しかった。
茜は怒っていなかった。
一度のキスで全部判った。
心から安心した。
茜があの時以来、誰とも付き合っていないのも判った。
何も変わっていない。
茜は私の手を取って、ベッドに誘う。