おはよう!-6
日程表をしっかり受け(奪い)取った和音は、奏多を玄関へと押しやった。
「早く帰ってってば・・!」
「わあってるっつの。つか、次いつ会えんだよ」
「メールで教えるわよ・・っ!!」
早く奏多を自分の領域から抜け出させようと、奏多の背中をグイグイと押す。
拒絶する和音に、奏多はどうしてそこまで意固地になって突き放そうとするのかという疑問と苛立ちが生まれた。しかし、その疑問を解決させる手立ては何もない。
質問での時間稼ぎも上手くいかないだろうと思った奏多は、おとなしく従うことにした。
奏多の気持ちに気づかないまま、和音は変わらず背中を少し震える手でグイグイ押す。
最悪の事態を、避けたいがために。
その最悪な事態は、和音の願いとは関係なく、目の前にある玄関の扉が開いたことで訪れた。
「・・あら」
「・・!」
玄関の扉が開いた先に居たのは、姉の天音だった。
和音と、押されるように玄関を出ようとしていた奏多の存在に一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに口元に微笑みを浮かばせた。
「へえ、珍しいお客さんね」
「・・お邪魔してます。」
天音の微笑みに含まれる意味に気づいているのか、いないのか。奏多は小さく会釈をした。訪れた事態に、和音は嫌な予感を覚えつつ、両手を奏多の身体から離した。
それから、奏多が居る前で余計なことを言わせないように天音を睨む。
しかし、和音の睨みをモノともせず、天音は一歩和音に近づく。
「ふーん。アンタも女ね」
「・・・」
「いつも母親のことを蔑むくせに、やってること変わらないじゃない。」
「・・奏多は違う」
「どうかしらね。」
先ほどの、母親との電話を思い出して、嫌気がさした。
奏多は違う。なんとか、そう否定した。
もちろん、それを素直に聞き入れる人ではないのは分かっているし、どうでもいいのだということもどことなく理解はしていた。
「母さんはしばらく男と一緒だろうし、アンタも彼と過ごしたら?」
「・・そんなんじゃないって言ってるでしょ」
「さあ、私の知ったことじゃないわよ。」
「・・・さっさと部屋戻って」
冷たい言葉を重ね合う姉妹に、奏多は戸惑っている様子で二人のやり取りを見守っている。
「あら、怖い。言われなくても部屋に戻るわ、じゃあね、奏多くん」
わざとらしく肩をすくめて、最後に奏多へと軽く手を振ってから2階にある自分の部屋へ戻る姉。
そんな姉の後ろ姿を睨みつけ、和音は強く手を握り締めていた。その顔は俯いたままで、奏多から和音の表情を読み取ることは出来ないだろう。
奏多が、自分の様子を伺い知ろうとしていることが感じられる。
それでも、しばらく俯かせた顔を上げたくなかった。
「・・・・」
「・・・・」
辺りに漂う、無言の中の気まずい時間。
それを先に破ったのは、
「・・・駅まで、送る。」
これ以上奏多を気遣わせるわけにいかないと考えた和音だった。
自分も、玄関先にかけてあった上着を手に取って、ブーツを履き始める。
突然動き出した和音に、戸惑ったが、和音の言葉を理解すると慌てた。
「い、いや、いいよ、1人で帰れる」
「いいよ。どうせ来る時は優羽さんの車で近くまで来たんでしょ?なら、届けてくれたんだし、送るくらいはする。」
感情が抑制されているような声色で話す和音を見て、奏多は何も言えなくなった。
暗に、この家にいたくないという和音の小さな願いであるように聞き取れたからだ。
奏多が躊躇っているうちに、すっかり準備が出来た和音は、玄関の扉を開けた。
ちゃんと、手には家の鍵が握られている。その様子を見て、奏多は和音の言葉に乗ることにした。
二人で、家を出た。
「・・・」
「・・・」
駅まで送る、と言ったものの、奏多とどういう風に話せばいいか分からずに無言になる和音。奏多も、なんて言っていいか分からないようだ。
ただ、和音は言わなくてはならない言葉があるはずだ。しかし、それを言うのは、とても躊躇いがある。
言わなきゃいけない、だけど、言いたくない。
そんな相反する二つの感情を、和音は持て余していた。
「・・なんか、悪かったな」
「・・・え?」
和音が言わなければ、と思っていたセリフが、奏多から聞こえた気がして、和音は隣で歩いていた奏多の顔を見上げた。
実際に、そのセリフを言ったようで、少し申し訳なさそうな顔をしていた。
どうして、奏多がそんな顔をして、謝るのか。
謝らなくてはならないのは、和音である。
「無理に、家に入ったりしてさ。紙届けたら、すぐに帰ればよかったな。」
「・・・別に、波音も喜んでたんだし、帰らせなかったのは、私だから。」
自分を責める奏多の言葉に、和音はなんて言っていいか迷いながらも、奏多のせいではないことを伝えた。
その和音の言葉を皮切りに、再び、沈黙が訪れる。