おはよう!-3
あれ?と、奏多は思った。
いつもなら時間より少し早く練習場に姿を見せている和音が、時間を過ぎても現れない。しかし、それに関して、金管担当の優羽が心配する素振りも見せない。
ひとまず、練習が始まるからと、一緒にいたスネア担当の航汰と晶斗、中学生になったばかりの弟分である凛と別れ、優羽に声をかけることにした。
「優羽さん。」
「あ、奏多くん。どうしたー?」
小学生たちの面倒を見ていた彼女は、声をかけてきた奏多へと振り返る。
優羽の振る舞いに相変わらず、美人だなと思ったが、どうしたの問いかけで、思わず顔を顰める。
どうしたもこうしたもない、自分を教えてくれるはずの和音が来ていなくて、どうしろというのだ。
「和音、来てないんすけど」
「あぁ、言ってなかったっけ?今日、和音ちゃんはお休みだよ」
「・・休み?」
思わず、聞き返した。
なんだかんだ渋々練習に来ているといった様子を見せていた和音だが、本心では結局奏多を放っておけないのだ。ちゃんと、来れる範囲で練習に来ていた。もし、春期講習で来れない日は前日に奏多へメールが届く。
そこまでしっかりしていた和音が、休み。
驚きと、どうして自分に言ってくれなかったのかという苛立ちが生まれる。
その様子を感じられたのだろう、笑顔になって答えた。
「今日休んでるのはね、和音ちゃんの従姉妹が熱を出しちゃったからだよ」
「従姉妹?」
「うん、一緒に住んでるから、よく和音ちゃんが面倒を見てるんだよ。」
「へえ・・・」
全く知らなかった。
よく考えると鼓笛隊に参加する和音しか、知らない。
先ほど生まれた苛立ちが消える。そして、次に生まれるのは寂しさ。
何も反応出来なかった奏多の後ろから、近づく気配。
「小学生なんだけど、結構病弱なんだと。」
「それに、和音ちゃんの家って家族がいない時がほとんどだからね。仕方ないよ。」
航汰と晶斗の二人だった。
長い付き合いである彼らは、優羽を覗いた鼓笛隊のメンバーの中で一番和音の家庭を知っていた。
「・・ふーん・・」
「あぁ。まぁ、知らなくても無理ないな。和音のやつ、隠したがるから。」
自慢げに話す航汰を、奏多は冷たい目で返す。その様子を見て、そばにいる晶斗と優羽は苦笑いを浮かべた。本人は無意識であるが、周りから見るとバレバレな奏多の感情。
要するに、気に入らないのだ。自分が一番知っていると言いたげな航汰が。
いわゆる、嫉妬。
空気を読んだ晶斗が、奏多の肩をポンと軽く叩いた。
「と言っても、俺も航汰も和音の事情はこれくらいしか分かってないから。知ってる理由も、本人が話したってわけじゃないし。」
「・・は?じゃあ、何で知ってんだよ?」
晶斗のフォローに食いついた奏多が、今度は晶斗へと冷たい目線を向けた。
航汰と晶斗は顔を見合わせ、肩をすくめた。
この流れになってしまっては、話すしかないだろうとお互いの中で決まった。
「昔、優羽さんが教えてくれたんだ。優羽さん、一応金管担当のスタッフだから知らないわけにもいかないだろ?」
「そうそ。で、和音が今日みたいな理由で休む時が何回もあったから、俺たちも気になって聞き出したってわけ。」
「お前らが知ってるって、和音は知ってんの?」
「さあな。自分から話したくも聞きたくもないだろうから、なんにも言ってこないし」
「よっぽど自分の家庭事情嫌なんだよなぁ、アイツ。」
少し、寂しそうな声で言う航汰の言葉に、晶斗も奏多も返す言葉が口から出てこなかった。
その場が重い空気になりかけたその時、先ほどから奏多たちの会話から外れて、何やら携帯電話を使っていた優羽が一枚の紙をひらひらと手で揺らしながら近づいた。
「奏多くん」
「・・なんすか?」
「今日、時間ある?」
「は?・・まぁー、ありますけど・・」
突然、今までの会話からかけ離れた内容の質問をされ、戸惑い、訝しむ奏多だが素直に返す。航汰も晶斗もよく分からないようで、お互いの顔を見合わせて首をかしげるばかり。
奏多の返事に満足したのか、ニッコリと笑った優羽は相変わらず紙をヒラヒラさせ、奏多へ向き直った。
「じゃあさ、今日、付き合って欲しい所があるんだけど」
「・・はい?」