日常-1
夕方5時、佐々木彩音は身支度を整え、家を出る。
家を出てから職場まで約30分。
彩音はこの時間が嫌いだった。
都内の有名大学に進学してから5年。
昔、思い描いていた自分はこんなものではなかったと、電車で会う同世代の社会人を見て強く感じでしまう夕方の通勤時間は彩音にとってひどく苦痛だった。
大学時代、遊び続けたツケなのか彩音は就職出来なかった。
思い起こせば、1年から様々なサークルに出入りし友人は多かった。
様々な男性に言い寄られ、自分に酔っていたのかもしれない。
授業に出席する回数も減り、同級生の冴えない男子を誘惑しレポートを書かせ、彩音はお洒落な男子学生や有名企業のサラリーマンと夜な夜な遊び続けた。
肉体関係を結んだ男性も覚え切れない程だ。
4年の春になり、同級生達が就職活動に励む時期になっても彩音は遊ぶ事を辞めなかった。
夏休みが終わり、周りの学生が就職を決めた頃に焦って就職活動を始めたが、大学生活で何もして来なかった事を面接で露呈し、就職活動は失敗した。
実家から帰ってくるように連絡があったが、東京の方が就職先を見つけやすいと最もらしい事を言い、卒業してから1年後も東京で暮らしている。
(もっと真面目に生きておけば良かった...)
最寄り駅に向かいながら、彩音は後悔するが、この先どうして良いか分からないと言うのが正直な所だった。
あるひとつの方法を除いてではあるが...
(やっぱり結婚するしかないよね)
大学卒業してすぐに、彩音は年上の男性と付き合い始めた。
大手企業で働く28歳の俊明。
一見、真面目な好青年だが若い頃はかなり遊んでいた事は出会ってすぐに分かり、彩音はそのギャップにやられた。
お互い結婚の話はしないが、彩音は結婚しても良いと思っているし、恐らく俊明も同じ気持ちだろうと考えている。
しばらく歩き、コンビニで買い物を済ませた彩音は新宿に向かう電車に乗り込む。
帰宅する社会人や学生でごった返す車内に乗り込んだ彩音は携帯を触り新宿駅までの時間を潰そうとする。
その時、彩音の太ももに何者かが触れた感触があった。
(痴漢??)
1年前から風俗店で働く彩音にとって痴漢される事は珍しくない。
露出が多い服を着ているし、彩音を見て風俗嬢と分かる大人が多いことはこの1年で理解している。
ただ、今回の痴漢はいつもと違った。
上からではなく下から触られている。
男性と比べると背の低い彩音を痴漢する男は、指を下に向けて触るのだが、今回は指を上に向けて触っている。
明らかに彩音より背の低い人間が触っている。
(子供?)
ガラスに映る姿を見て、彩音は驚いた。
ランドセルを背負った深く帽子をかぶった子供が真後ろに立っているのだ。
どう対処すれば良いか困っている間に少年の手は下着の中に侵入した。
子供に太ももを触られているくらいであればそこまで気にもしないつもりであったが、下着の中まで触られるのであれば話は別だ。
「何してるの。辞めなさい。」
小声で少年に注意し手で払いのける。
しかし、少年は行為を辞める事はしない。
それどころか、更に激しく的確に感じるポイントを触るようになった。
(この子、慣れてる?)
イク程ではないが、快感を与えられ戸惑っていると、少年が口を開いた。
「気持ちいい?」
(この子、やっぱり慣れてる!)
女のポイントを分かって触っている事が分かると、本気で手を振り払った。
「お姉さん、新宿まで行くんでしょ?」
少年は彩音に問いかける。
「関係ないでしょ。あんたこんな事して良いと思ってるの?」
「お姉さん、エッチなお店で働いてる人だよね?こういう事、毎日されてるんでしょ?僕、他の人より気持ち良く出来るよ。」
少年は彩音の質問に答えなかった。
電車は渋谷に到着し、乗客が一斉に降りていく。
少年はニヤついた笑顔をこちらに向け
「強がっても良いけど、お姉さん濡れてたよ」
そう言い残し、乗客の波に飲まれていった。