「あなたに毒林檎」-4
私は妄想した……。
可愛くて私よりはるかに美しい存在の白雪姫に小人達の家の小さな窓から毒の林檎を勧める私。
それに気付いて振り向く白雪姫は亜麻色の髪を揺らしながらにこやかな笑顔でこちらに近づいてくる、悪い女王となった私は白雪姫がこの毒の林檎を手に取り食べる事を胸の中でただただ願った……。手がかすかに震えているようだ……。
白雪姫と目があった……そして、ぎょっとした……。
なんと白雪姫も私だったのだ……私の差し出した毒の林檎はあのときの果物屋の主の顔に変わっていてますますギョッとしたが白雪姫の目には見えていないのだろう、そのままパクリと一かじりし美味しいそうな笑顔を向けてて、籠ごと置いていってと言っている。
悪い女王の私はなんだかおろおろとしてしまい、なぜだか焦り、その林檎を食べてはいけないと窓枠から一生懸命手を出し林檎を奪おうとするが白雪姫の姿はクルクル回りだし私も一緒に闇の中に溶けていった……。
人は混沌とした世界の中で得体の知れない何かに何事もないように立ち向かい生きているのだろうと悟った。だがー、私の場合その恐怖は目の前に転がっているただ一個の林檎だった。
アインシュタインは全ての物体に物凄いエネルギーが込められていると言っていた……。
彼に博士の唱える世界を覆した理論の話を聞いた時はチンプンカンプンだったが今ははっきり判る。
まさしくそれは本当の事だろうと思った。
物言わぬ物体には全て意味があるのだろう。
それは自然と言う言葉通りのもので人の心もまた何かの化学変化でしかないのだろうけど、まだ発見されていない何かが渦巻いているはずだ。
万物の持つ魂の意味もいつかは解明され人の悩みに直接作用する薬も開発され、皆一様に天国並の幸せで暮して行けるのかもしれない……。だけど今はこの恐怖に打ち勝つ術はなくて、理解しがたい恐怖は目の前にあって途方にくれている私が居る……。
私は普通の人なのだ。
普通の人は普通に暮さねばならないと言う使命があり普通の生活も送っているので、今日は講義のある日なので大学へ行ってお勉強もしなければいけないのだ……。夜は夜で看護婦のバイトもしているしかなりハードな毎日を送っているのだ。
林檎ごときに負けては行けないのだ……
朝起きてから突然発生した人生を揺るがす最大の事件はテーブルの上に置かれていて、ありきたりだが異彩を放つ真っ赤な林檎は艶々した表面を見せながら、私に食べられるのを待っているようにも見えてならなかった……。
それははた目にはただの林檎なのだ……。
私はぱぱぱと身支度を整えるとテーブルの上の恐怖をじっと見つめた……。
「なんでリンゴ????」
台所の隅から袋を取り出すとその林檎を掴み入れ、潰さぬように大事に抱え車のキーを握り占めマンションの駐車場へ向かった。どこに捨てよう……今はそれだけを考えていた。
大学へ向かういつもの通りを流していると川沿いの道を走る間際に捨ててしまおうと思いついたので、目的地に早く着かないかと気ばかりが焦っていた……。その辺りに近づくと林檎をごろんと助手席に出し窓を開けた。川は近所で有名などぶ川だ。私は満身の力を込め林檎を放り投げた……。それはボッチャンっていう音を響かせ水しぶきを上た。私は何事も無かったようにそのまま学校へと急いだ。
内心ほっとしこのときばかりは神様にお祈りした……。
【 2度とこういうことが起きませんように 】と心の中で呟いた……が、
「あ、しまった……川に投げ入れてしまった……毒の作用で川が汚染されて……」
「でもどこに捨てればよかったの?」
「ゴミ捨て場もからすが来て危険……」
「あーーーもう、いやーーー!!!」
心理学の講義,教授の退屈で大事な話を聞く事は今日は出来そうに無かった……。
私はさっきまで起こった突然の出来事について困惑しているからだ。
捨ててしまって安心はしたものの食べていたらどうなっていただろうと妄想した。
恐ろしい……。
恐ろしくて頭をブルブル振りあたりの学生を失笑させたが、もし食べてしまって死んでしまったとしても白馬に乗った王子様が都合よく登場すればいいのだがあの狭い我が家に馬が入って来れる訳もなく、もし、仮に登場したとしよう、部屋のこっち側に居る私だけが鍵を開けれるのだ。
死んでしまった私にはなす術もなくゴーストになってその様子を伺っているだけだろうか?
王子様は開かない扉の前でノックをし続け、開かずの扉の前でイライラと煙草をふかし山になった灰や馬の排泄物で嫌になり諦めて帰るのかもしれない……。
アリババと40人以上の盗賊が来ても答えは同じだ秘密の扉を開けるには私が生きていることが前提なのだから「開けゴマ」もまったく効力をなさないのだ。