「あなたに毒林檎」-18
かなり奇妙な空間で自分が存在しているのかどうかも危ぶまれたが、意識だけははっきりしているし身体もここにあった。触ると感覚があるのだ……。へそから伸びると言われている霊魂と現世を繋ぐ長い緒は無かった……。ということは、どういうこと?何をどう考えても理解できずそのまま両手を頭の下に置き漂ってみる事にした。
フワリフワリ……
この空間には時間の概念が無いような感じだ。漂っているのか、立ち止まっているのか何もかもが判らなかったが、遠くにうっすらと丸い物体が浮かんでいるのが見えてきた……。距離も判らないからそれが大きいのか小さいのかも不明だったが、それはやがてぐんぐんとスピードを増し近づいて来ているらしかった……。
そのせいでその丸い塊がかなり巨大であることが判断できるようになってきた。いや、近づいて来ているのではなく膨らんでいるのかも知れなかった……。
このままいくとぶつかるだろうな、それはみるみる大きくなりはっきりとした形をあらわにさせていった……。
「うひゃ〜〜〜〜でっけぇー林檎」
そう、それは超巨大な林檎で私の産んだ林檎に違いなかった。
良くもまーこんなに立派に成長したもんだ。
かーちゃんは嬉しいけど、あんたに食べさせてあげれるだけの甲斐性なんて私にはないんだよ? 稼ぎ頭のとーちゃんは居ないんだ。
かよわい母をそう責めないでさっさと親離れしてね”このアホ息子”……娘でもいいけど……。
超巨大林檎はますます私との距離を狭めて行った……。冗談を言えなくなってきた。
例えるなら地球くらいはあるだろうか? このまま行けば衝突する、、、小さな鞠絵はまだまだ小さくなって行きやがて死んでしまうのね? それが運命なら私も女だ清く正しいマゾヒストの想いを心に描いたままあの世に行ってさしあげましょー、林檎の旦那、、、ウィーヒック……?
ヒック?酔っているの? 私って??? 林檎の強烈な香りが鼻につく……。巨大なあまり匂いも強烈だ! 鼻をつまみながら林檎を眺めているとどうやら輪郭のずれで自転していることが判ってきた。
「自転してるのね、ヒック……、公転もしてるのかな〜?」
一体何を中心にして回っているんだろうか? それも見てみたいな、ヒック……。
林檎はもうそこまで迫って来ている……。
長い長い時間が経ったような気がしたが私の腹時計も鳴ってはくれなかった。
ぼけーっとしながら赤くて丸い物体を見つめてたら香りのせいだろうか?
だんだんと寝ぼけたような不明瞭な思考になってきて最後に見たものは林檎の裏側にあったものがこちら側に見えて来たものだった。
地球サイズ林檎の裏側に張り付く分厚く赤々とした漫画みたいな唇……。
それはまるで、まるで……あれだ……伝説のカリスマバンド”ローリングストーンズ”マークだ……。
ぼよんとした唇は最後に大きく開かれ舌が出てくるに違いない……。
予想は当たり私はその口からビローーーーーーーンと伸びてきた舌に囚われ林檎の口に飲み込まれていったのである……。
「アーメン……ナム〜……バイバ〜〜〜イ……」
これから死んでしまうかもしれないのにしゃっくりが止まらない……。
ヒック、ヒック、ヒック、ウィーヒック……。
かなりお間抜けな死に際だが見てきたたシーンの中に共通したアイテムが脳裏に描かれ始めた……。
それは、やはり林檎だった……。
出てきた登場人物たちがそれぞれに隠し持つ林檎たち……。
私は歓喜した。
彼の部屋の押入れ奥に隠されていた数個の林檎たち……。
美術教師が常駐する部屋の片隅に置かれたロッカーの中に大きめなダンボールがあり、中にはなんと何十個という林檎がこれから市場に出かけるのでーす。と言うかの様に綺麗に詰め込まれていた……。
玲子に至っては何故だか自宅のトイレを見てしまったのだが、そこには貯水タンクの上にこぶりで青々した林檎が三角形に積み上げられ頂上に置かれているはずの林檎の姿は無かった……。
彼女のことだ、誰かに食べさせてしまったのだろう……。
かずま君から貰ったプレゼント……。
それは、林檎の形をしたガラス細工のキーホルダーだった……。
中には赤い油が封じ込められていて揺らすとゆっくりと揺れ始めるのだ。
林檎の真ん中には ”好き ”って文字がたどたどしく刻まれていた……。
「なんだ、みんな産んでるジャン……しかも、変態な人ばかり……」
これで私も変態さんの仲間入りだという思いが広がっていき、そんなに悩むことはなかったんだーっと安堵のため息を吐いた。