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小さな嘘と繋がる愛情
【家族 その他小説】

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小さな嘘と繋がる愛情-1

小さな、本当に小さな箱だった。
 もう何十年も眠っていたように角は錆びれ、剥げ落ち、所々へこみも出来ている。
 金と黒の、シンプルな縞模様。光沢は、完全に消えうせてしまっていた。
 まったく見覚えのない箱だった。
 祖母なら、これをきっと「カンカン」などと呼ぶだろう。何でもいとしく思い、 宝物に変えてしまうあの人なら。
 そう、きっと今も生きていたならば。
 祖母が死んだのは、桜散る春だった。
 あっけない、最後だった。
 不自然に痩せた腕。黄疸がかった枯れた肌。そして、死ぬ直前までこっちを 向いていた乾いた瞳。死んだ魚のように、潤いも何もない黄ばんだ瞳。
 おそらく、いや、確実にそれは何も映してはいなかっただろう。
 それでも、僕を見ていた。息をしなくなった後も、ずっと。
 それこそ、永遠と感じられる瞬間の中で。
 目の前にある缶。箱。寂れた、祖母の箱。
 
「おばあちゃんの宝物を入れる箱だったのよ」
 数時間前の母の言葉が、風のように耳元をよぎる。
 僕が仕事から戻り、スーツをハンガーにかけている時だった。
 かすかに震える手が持っていたのは、四角い錆びれた箱だった。
 元は菓子の詰め合わせかなんかの物だろう。
 僕はそれに触れないまま、ふぅんとそっけなく返事を返した。
 あまり僕の返事は期待していたわけでもなさそうに、母はそのまま続けた。
 「今日ね、おばあちゃんの家を掃除していたら、おじいちゃんが出してきたの」
 しっかりと耳に留めながら、無言で着替えを続ける。
 好きで無視していたわけではない。ただ、そうするしかなかった。
 まじめに向き合って話を聞いたら、頭がおかしくなりそうだったのだ。
 この手の内容が、悲しい話でないわけがないのだ。
 「色々はいってたわ。お母さんにはよくわからない物まで」
 ティーシャツとジーンズに着替え終わり、ソファにどっかりと腰をおろす。
 母のいる方、僕の背中から、カチャリと音がした。お金が金属にこすれる音だ。
 「二百円、お金が入っていたの。何でだろうって、おじいちゃんに聞いたのよ」
 テレビから、よくわからない番組の声や音が聞こえる。僕はじっとしていた。
 母の、はなをすする音が混じって聞こえた。
 「これね、あなたがあげたのよ」
 無意識に、僕は振り向いていた。
 「記憶に、ないな」
 母の手のひらには、百円玉が二枚並んでいた。僕はそれを凝視した。
 ・・・これを?俺があげた?いつ?
 「お母さんも、おじいちゃんから聞いて始めて知ったの」
 僕は、黙っていた。
 「どこだったかしら。おばあちゃんがね、一人で、旅行へ行った時があったの」
 「……」
 「その頃、あなたはまだ幼稚園。もちろん、お金なんて持っているはずないし、お小遣いだってもらう歳じゃない」
 母の声が、まるで重力にあおられたように波を作る。
 「お母さん、忘れてた」
 ……だから、何が。
 「小さな、まだ小さかったあなたは、お母さんとお父さんにはじめてねだったの。
欲しいお菓子があるって」
 「……?」
 「近所の駄菓子屋さんで、買うんだって、お母さん、そう思ってた……」
 ハッと息を飲んだ。別に、何かを思い出したわけでも、微かな心当たりが合ったわけでもない。


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