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美里から連絡が来たのは、裡里の死後から三週間経った、深夜だった。覚め切らない意識で、条件反射のように携帯を耳に当てた僕は、一瞬だけど驚いた。小さなスピーカーから聞こえてくる声が、裡里のそれかと思ったのだった。しかしそんなはずはなく。妹の美里からの電話だと、幸い、相手に僕の勘違いを悟られるより前に気づくことが出来た。
「もしもし」
はりのない、消え入りそうな声で彼女は言った。
「もしもし。どうしたの?」
「ごめんなさい。こんな遅くに。どうしてもかけたくなってしまって」
ひょっとして事件に進展があったのかと思ったのだが、どうやらそういうわけではないらしかった。僕はベッドで横になったまま、
「いいよ」
と答えた。いいわけではなかったが、こんな声をきいてしまったら、さすがにすぐに切ってしまうには忍びなかった。
「眠れなかったの?」
「・・・はい」
あの、と口ごもりながら美里が切り出した。 「どうかした?」
「・・・お姉ちゃん。すごい殺され方をしたんですよね?私、お姉ちゃんの遺体も見せてもらえなかったし、話もあまりきけなくて」 そういうことか。
僕は体を起こすとベッドから出て、キッチンへ向かった。床の冷たさが、足の皮膚をかたくした。
「ひどかったよ」
と、僕は言った。自分の声が、静かなキッチンに響く。冷蔵庫を開けて、残り一本となったシンジャエールを取り出した。明日にでも買ってこなければならない。
「とにかくあれは、普通の死体じゃなかった。テレビでもやっていたけれど、あれはもう、彼女に恨みをもつ者か完全に狂っている者の犯行だと僕は思っている。詳しくは言えないけれど、あの姿はすでに人じゃなかった」 しばしの沈黙をおいてから、美里は、
「そうですか」
と返事を返した。それ以外に、なんて答えられただろう。
「とにかく君は、あまりそういうことを知ろうとしない方がいい。僕は何度も人が死んでいるところを目にしているけれど、君は僕とは違うから」
「はい」
美里が頷くのが、見えるようだった。
それから挨拶を交わして電話を切ると、夜の静寂が、また僕の狭い部屋を包み込んだ。ベッドへ腰掛け、目の前の炬燵を見つめた。ついこの間まで、裡里はここで眠ったり食事をとったり読書をしたりしていたのだ。だるそうにしながら。あの日、彼女が最後にここにきた日。彼女が途中で目を覚まさずに眠っていたら、無理にでも引き留めて一緒に食事をしたら、裡里は死んだりしなかったのだろうか。裡里は、あんな風に殺されたりはしなかったのだろうか。過去のことをどうこう考えても仕方のないことなのは分かっていたが、確かにやり切れない思いも胸のうちに、しこりのように残っていた。
「眠いわ」
そう言って炬燵で眠る彼女を見れなくなったのは、正直言って、つまらない。
この事件に僕が疑問を抱いたのは、それからさらに一週間後のことだった。ささいなきっかけが、僕の心の奥底に小さな波紋を作り、疑問符を生んだ。
その日、僕と美里は裡里の死体が放置されていた公園で顔を合わせた。彼女の家での様子を詳しくききたくて、僕から連絡をしたのだった。その日は珍しく天気がよく、久しぶりに太陽が顔を出していた。しかしあの事件以来、公園に人影はなく、あったとしてもせいぜい、やじ馬や取材にきている人間くらいであった。