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僕の持つ暖房器具はこれひとつだったので、部屋はいつも寒い。
息が白い時も珍しくはないくらいだ。ベッドわきの四角く切り取られた窓ガラスの向こう側では、雪がちらちらと降り始めていた。
裡里が目覚めたのは、日も沈み夜が訪れてからだった。退屈を埋めるために僕が観ていたデスファイルの物音でどうやら気が付いたらしく、彼女はむっくりと顔をあげるなり、乾いた声で、帰るわ、と言った。
「晩御飯はいいのかい?パスタぐらいならすぐに出来るけど」
立ち上がった裡里は、玄関先でふと足を止めてから振り返った。
「今日は家に帰って食べるわ。なんだかとても眠くて。このままじゃ、また眠ってしまいそう」
「そう」
「それじゃあ、また大学でね」
ひらひらと手を振ったまま、裡里が外へ出る。ゆっくりとドアは閉まり、バタンと音を立てた。空き缶を流しに置いて壁掛け時計に目をやると、午後の七時を少し回っていた。
その晩、床についた僕は何故か無性に本を読みたくなって、パジャマから再び洋服に着替えると、厚手のコートを着込んで外出した。
雪は相変わらず降っていて、昼間の分はすでに地面に積もり、歩く度に足の裏で音を立てた。
この辺は民家の密集地帯で、車道は狭く、車どおりはほとんど無い。静まり返っている路地を僕はコートのポケットへ両手を突っ込んだまま進み、突き当たりを左に折れた。
表通りへ抜けると、建ち並ぶコンビニや飲食店の明かりと喧噪が僕を包んだ。車が走っていないことを確認し、車道を横断する。そのまま真っ正面にある本屋の自動ドアを、くぐり抜けた。
店の中は閑散としていて、ほとんど人の姿はなかった。へたをすれば、客よりも店員の頭数の方が多いかもしれない。CDコーナーには目もくれず、本の並ぶ棚を眺め
ながらぶらぶらと進む。
本を読みたくて足を運んだのだけれど、具体的にどんな種類のものを読みたいのか考えていなかったので悩んだ。
インテリア系の雑誌を置いてある所を通り過ぎたところで、目のふしに映った人物に気が付き、僕はふと足を止めた。
裡里だ。
珍しい。参考書でも立ち読みしているのだろうか。彼女は手に持った本を真剣に読んでいる。
「裡里」
手を挙げて彼女へ歩み寄ると、裡里はきょとんとした表情で僕を見た。その顔を目にしてから、自分がとんでもない勘違いをしていることを悟り、声をかけたことを後悔した。
「尚喜さん」
本を閉じた彼女は、裡里と瓜二つの顔で微笑んだ。さすがは一卵性双生児。僕でも見分けがつかないくらい、酷似している。
「美里ちゃん、か」
よく考えれば、裡里がこんなところにくるはずがないのだ。きっと今頃は夢の中にいるに違いない。それにしても、と僕は裡里の妹である美里を眺めながらあごをしゃくった。
双子だから言って、なにも服装まで同じにすることないのに。これでは見間違えても仕方がない。
「尚喜さんも本を買いにきたんですか?」
「うん。眠れなくてね。美里ちゃんは、参考書?」
「はい」
顔の作りは同じでも、二人の性格は朝と晩くらいまるで違う。美里は、姉に似ないではきはきとよく喋る。会話の苦手な僕には、少しやりにくい相手だった。
「今日はお姉ちゃんは?」
「会ったよ。でももう帰った」
「そっか」
ポケットから右手で財布を取り出すと美里は中を確認し、苦笑した。
「お金、足りないや、尚喜さん、五百円貸してもらえます?」
美里と別れた後も僕は店内をしばらく徘徊し、欲しい本を見つけられないまま、店を後にした。
そして帰る途中で自動販売機から暖かい缶コーヒーを買い、きた時と同じ道を歩いた。雪はやんでいたけれど、夜が深くなるにつれ空気は冷え込み、時折吹き抜ける風は肌に刺さるような痛みを与えた。なんだか、とても無駄に時間を費やしてしまった気がしておもしろくなかった。