From Maria-5
二人分の食料を持ちながら、僕は周辺を見渡し、出来るだけ人のいない場所を探す。
「裡里。あそこに座ろう」
「いいわね」
葉を多くつけたポプラの下。ここなら人影はほとんど無く、食事もゆっくりとれる。腰を降ろすと、尻にじんわりと芝生の冷たさが伝わった。影を落とす生い茂る葉の間から、滴のような白い光がこぼれ落ちていた。裡里も僕もしばらく無言でサンドイッチを口へ運び、離れたところでフリスビーを楽しんでいる学生を眺めた。ああやって誰かと体を動かして遊ぶのも、いいかもしれない。考えてみれば、挨拶や軽い会話を交わす程度の友達はいるけれど、ああいう風にして自分の持つ時間を共有出来るような友達は、僕にはいない。 「不思議だわ」
先に口を開いたのは、裡里だった。
隣りへ顔を向けると、彼女はオレンジジュースのタブをはずしているところだった。
「何が、不思議なの」
「あなたよ」
そう言って、ジュースを喉へ流し込む。
「今日、私はあなたがメールを打っているところを一度も見ていないわ」
「それは、さっきも言ったじゃないか」
僕はサンドイッチをちびちびとかじりながら、苦笑した。
「尚喜のそれは、嘘よ」
僕は無言で、烏龍茶を飲む。頬のあたりに、彼女の視線を感じた。
「私がいると、使いにくいのかしら」
ぼそりと、しかしはっきりと僕の耳に届いた。僕は何も答えないまま、腰を上げた。
裡里が僕を見上げる。見据えるような瞳。その表情からは彼女が何を考えているのかまでは読み取ることは出来なかった。ただ、ここは一度立ち去った方がいい。そんな空気が、そこにはあった。
「僕は、もう行くよ。寒くなった。君も一緒に戻る?」
裡里が首を横に振る。
そう、と返し、僕は彼女を残して歩きだす。 背中に、かすかな痛みを感じた。
十日が過ぎても、マリアからのメールに途絶える気配はなく、むしろ日増しに送信量も増加した。内容も、時間の経過に比例してエスカレートしている。それも悪い方向に。どう楽観的に見ても、僕もおかれている状況は、かなり危ういだろう。いたずらの域は、とうに越えている。
『ねえ、何でいつも返事くれないの?忙しいのかな。くすん。涙出ちゃうよお。なーんちゃって。大丈夫よん。私は強い子。またメールするね。えへん。強いマリアより』
一体、このマリアとは何者なのだろう。
目的もよく分からない。いくらいやがらせのつもりでも、ここまでこちらから無視されれば、とっくに諦めてもいいはずだ。この先、僕が返信しなくてもマリアは送り続けてくるのだろうか。それとも、どこかでぷつりと途絶えるのか。
トイレへ向かいながら、僕は携帯電話の電源を入れた。階段の前を通過する。視界のすみに映る人影に、僕はふと首をねじ曲げた。 女の子が二人、階段に腰掛けている。どちらも知っている顔だ。同じ学部で、確か裡里と話しているのを何度か見たことがある。彼女たちは、明らかに僕を見ながら、ひそひそと会話をしていた。かまわず僕は廊下の突き当たりのドアを開け、トイレへ入る。
それとほぼ同時に、左手に握られていた携帯電話が小刻みに震えた。マナーモードにしていたので、メールの着信をバイブで知らせたのだ。メールボックスを開くと、
馬鹿みたいな数のメールが縦に表示された。前に確認したのが昼食をとった後。つまりあれから二時間の間に、この全てが送られてきたことになる。狂っている。
洗面所に寄りかかり、一番新しいメールをクリックする。小さな画面にぎっしりと埋め込まれた文字をひとめ見て、僕は動きを止めた。他も確認すると、書かれていることは全て、まるっきり同じだった。
『殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシコロシコロシコロシコロシ』 用を足すのも忘れ、廊下へ出る。向かおうと思っていた先に、僕のカバンを持った裡里が立っていた。
「長いトイレね。帰るんでしょう」
差し出されたカバンを受け取り僕は、
「いや」
と首を振った。
「今日は用事が出来たから、君は先に帰っていてほしい」