擬似恋愛(前編)-1
スタジオでの収録もそろそろ終わりを迎えていた。
朝からずっと出っぱなし。力配分に慣れない舞花はさすがにバテて来ているようだ。
「藍原さん、カメラは回ってるから笑顔でね」
ボソッと耳打ちする。
スタジオでは常に五つのカメラが回っている。素人だと何カメに撮られているのかがわからない。
顔を向けることは出来なくてもどの角度から撮られていても気を抜いた表情は撮られてはいけない。
なんせ、誤魔化しの効かないアップでTVに映るのだから視聴者へのイメージのアップ、ダウンにかなり影響するわけで。
「──ではゲストの藤沢さん藍原さん有り難うごさいました!TVの前の皆さん、再来週の月曜夜10時からスタートの“──光の君〜上弦の目眩〜もう一つの源氏物語──”宜しくお願いします!よゐこは見ないようにね〜」
番宣でゲスト出演した番組の司会者が最後にもう一度新ドラマの宣伝をしてくれる。
濡れ場だらけのドラマな為に、番宣にでる度に
“よいこは観るな”
このフレーズがお決まりになっていた。
一仕事を終えて舞花を送るという楠木さんの車には乗らず、俺は急ぎでタクシーを拾い自宅に直行する。
・
家で軽くシャワーを浴びると出掛けるようにラフな服装に着替えて帽子を被った。
「うし、予定どうりっ!」
九時前だ。晶さんのマンションにつく頃にはきっかり予定の時刻になる──
昔から分刻みで動いてたせいか、身体が時間を覚えていた。
ロケ撮影や生番組は収録時間がかなりあやふやだ。だからその都度、自分が周りに合わせて時間配分していく──
たまにルーズな奴のせいで狂わされるが、俺は至って努力型の天才。
アホと紙一重の天才とは違うから。
この業界は売れてしまえばアホも天才になれる。
てことは、華が開かなきゃアホはただのアホとして隅に追いやられるだけ。
そしてたとえ華が開いても努力無しのアホはこの世界では短命だ。
拾い上げてくれる奴が居なきゃ瞬く間に消えていく──
売れるまでが勝負ではなく
売れてからが勝負──
そこが一発屋で終るか
芸能人になれるかの違いだと思うわけで…
晶さんの所の合鍵をポケットに突っ込む。
時計を確認してエレベーターから出るとマンションの玄関口に佇む舞花を見つけて俺はビビった──
・
「──…っ…ちょ!?…何してんのこんなとこで!?」
「だって聖夜、電話に出てくれないから」
「なんの電話?…出てもあまり実になる会話しないよね?」
毎回、舞花から掛かってくる電話──
一度出てみれば CMの撮影が辛どいとか、あのADが気に入らないとか──
ほんとどうでもいい内容だらけだ。コイツの頭は空っぽか!?
そう問い掛けたくなる話題ばかりだった。
しまった…
気付かないフリしてスルーすればよかったっ──
せっかくの役者の腕が思わぬ不意打ちで発揮できない。
それなりに遠回しに交わしてたら舞花はとうとう俺のマンションまで来やがった──
まだ熱愛騒動のスキャンダルでっち上げて一ヶ月と間もない。
おまけに次いでのドラマ共演でほとぼり冷めるかと思ったマスコミ側は、常にスクープを狙ってるって言うのに頭悪いにもほどがある。
ただ、完全なコイツは素人だ。
俺が今まで御忍びで付き合っていた女優や業界人とは違う。
一番手を出してはいけないジャンルに手を出してしまった…
人助けの筈が、
あの髭チンピラのせいだっ
見渡しのいいマンションの玄関口──
どこから写真を撮られてもおかしくない場所で俺は挙動不審も露に周りを警戒した。
・
辺りを見ながら俺は強く舌打ちした。
「ちょっと来て」
舞花の腕を引き、出てきたばかりのドアを抜けてエレベーターに乗る。自分の部屋の階を押すと楠木さんに電話を掛けた。
「俺、今から用あるし話す時間ないから。楠木さん呼ぶよ」
止まったエレベーターから降りてマンションの鍵を開けると中に舞花を促した。
一番入れたくなかった俺のテリトリー。
今まで関係を持った女一人たりともこの部屋に足を踏み入れてはいない。
今のドラマの仕事が一段落したら晶さんと一緒に──
そう思っていたのに真っ先に舞花を入れることになるなんて、まるで全てにケチが付いたみたいだ。
電話を耳に宛ながら舞花にソファをすすめて冷蔵庫から飲み物をとる。
遅いっ…
楠木さんは中々電話を取らない。
俺は着信を残して電話を切った。
「お茶でいいよね」
てか、お茶しか出さないけど。
ペットボトルの飲み物をグラスに注ぎながら舞花の様子を後ろから見た。
舞花は思いきり部屋を見渡している。
なんだか侵されてる気分だ──