真夜中の逢瀬-1
「じゃあこの辺で休憩します。水分は軽く取っておいてね」
バレエ講師の声がレッスン室に響いた。
俺が受けてるのはダンスのレッスンではなくてバレエの基礎。
ゆっくりとした柔軟体操の動きがインナーマッスルにびしびし効いてる気がするのはこの滝のように流れる汗のせいかもしれない…
床が滑らないようにと合間で講師が掃除をしてくれる間に、俺は休憩しながら水分を少し口に含んだ。
喉を潤しながら時計に目を向ける──
晶さんの同窓会がそろそろお開きになる時間だ。
つっても地元の飲み会なら二次会、三次会に流れるだろうけど…
ゲームで飲んだ…か…
朝までコースかもな…
そう思いながら手にしたスポーツドリンクを椅子に置いた。
イマイチ不安が募る…
正直、晶さんは強引な押しに流され易い…
それは毎回晶さんに迫る俺自身が実感している。
久し振りに会う高槻(たかつき)とかいう元彼が一体どういう意図で晶さんに近付いてくるのかも気が気じゃないし──
俺は稽古前に掛けた自分の電話を見つめた──
・
まだ言いたいことあったんだけど……
そう思い、しょうがないからメールを打った。
──……
「…やっぱ帰らせたの間違いかも知んない…っ」
時間が経つにつれ、そんな考えが湧いて一人でしゃかんで頭を掻きむしる。
やっぱりめちゃめちゃ気になる──
元バスケ部のキャプテンなんて言ってたしっ
体育会系なんて強引で押しが強いに決まってるじゃんっ…
的な考えが沸く訳で──
久し振りに会って迫られるとか…
あってもおかしくない訳だし…
てか…
たぶんそれが目的だと大いに予想できるわけで──
すごいモヤモヤしてくる…
元彼は堂々と晶さん目当てで同窓会に出るって宣言してるわけだから…
マーキングが効き目あればいいけど──
「なんかすげー…嫌な予感する…」
「藤沢さん、休憩終るけどいい?」
しゃがんだまま呟く俺にバレエ講師は伺いを立てていた。
・
「聖夜っ」
「……」
レッスンを終えてシャワー室から出ると舞花が待ち構えていた──
「なに?」
すげー疲れてるけど?
くだらない用だったらめちゃ腹立つけど?
そしてなるべくなら二人きりってシチュ避けたいけどっ?
言いたいことはいっぱいある──
俺は濡れた髪を拭きながらもう一度言った。
「なんの用?」
「ちょっと稽古付き合って貰おうかと思って…」
舞花なりに俺に避けられてるのは薄々気付いていたらしい…
弱ったな…
仕事の話を出されたら断れない…
「いいよ」
そう返事するしかなかった。
役での絡みが多い分、舞花は仕事上の大事なパートナーになる。
おまけ、演技の技術面でも実力を見て足りない部分は俺がカバーしなきゃならないし…
「じゃ家で──…」
「髪乾かすから事務所で待ってて。台詞合わせなら事務所でできるから」
ホッとした様子を見せた舞花にそれだけ告げた。
家に?──
冗談じゃない…
舞花はちょっと気を付けないと危険だ…
プロではなく半分素人。
安易な行動に乗るとマスコミに足元を掬われて共倒れする──
ドライヤーで風を送れば役作りの為に黒く染めたばかりの髪から薬の匂いが微かに漂う。
・
髪の色が変わっただけでかなり印象がかわる──
平安の浮世話。
女達の憧れ──
その物語りの主人公
光源氏──
数々の女と逢瀬を重ね幾多の恋で浮き名を流した男…
俺の演じる役…
遊びの中に本気の恋もしたらしい…
男ってのは今も昔も変わらない──
時に雄で
時に少年──
本能の中に純情を併せ持つものだ…
普段は上手く使い分けたとしても
ホントに愛した人を前にしたときにこそ、その二面性が同時に表れる……
狂おしい程に愛して
壊してしまいそうな情熱と
ただ自分だけを見つめて欲しいと切に慕う想い──
その二つが合わさった時の感情はとても言葉では言い表せない──
それを教えてくれた晶さんにはただ感謝するばかりだ──
でも…
正直、嫉妬はあまり焼かせて欲しくない。。。
あれはホントに苦しいから…
「どのシーンの稽古をつける?」
支度を整えて事務所で待つ舞花に部屋に入るなり俺は尋ねた。
台本を手にした舞花は指を指す。
「──……」
完全な濡れ場…だ。
舞花が指を指したのは光の君が亡き母の面影を追いながらも父親の後妻、藤壺に女の部分を求めて迫るシーンだった……
「俺の台詞ばっかじゃん…」
「ごめんなさい」
光の君の求愛を拒む藤壺を、掴まえて押し倒しながらの口説き文句の羅列──
藤壺は戸惑いながらまんざらでもない表情をほんの微かに見せる演技力が求められるシーンだった……
コイツにやれるのだろうか?
台詞無しのシーンはすべて表情、と目で演じなければならない。
疑問に思いながら俺は稽古を始めた。