愛の天秤-1
「荷物は纏まった?」
「うん、少ないから纏めるって程でもないけど…」
夏希ちゃんの新しい仕事。新ドラマの撮影が来週から始まる。
明日から夏希ちゃんは自分のマンションでの生活に戻る。その為、今夜は荷造りに追われていた。
荷造りって行っても元々が短期の旅行みたいなものだった為に荷物はとても少ない。
おまけに半分は次に泊まりに来たときの為にとあたしの部屋に置いていく予定。
歯ブラシや下着、ほとんど置いていくつもりでいるらしい…
そうなると健兄にバレるのも時間の問題のような気もする…
「スペアキーは俺持ったままでも大丈夫かな?」
「いと思う。息子みたいなもんだって健兄言ってたし…」
「髭が?」
その問いにあたしは頷き返す。夏希ちゃんは微かな笑みを浮かべながら自分の荷物を紙袋一つに詰め込んでいた──
「晶さんどうしたの、考え込んだりして?」
荷造りを終えたらしい夏希ちゃんが、目の前でしゃがみ込むあたしの頬をクスリと笑いながら撫でた。
・
その手を首に回して引寄せるとチュッと軽く唇を重ねる。
「淋しい?」
離した唇で短く囁くとまたキスをした。
今度は少し眺めに唇に吸い付く──
「晶さん…できるだけ逢いにくるから」
「うん…」
おでこをコツンと付けて、言葉とため息を漏らしては口付けを交す。
夏希ちゃんが居候にきてから丁度三週間──
あっという間だったな…
月は蝉がいよいよ鳴き始めた真夏日──
八月に入ろうとしていた。
あの日──
事務所から帰ってきてから今日までの数日間、何故か夏希ちゃんは禁欲生活に入っている。
何かしら本人の考えもあるようで、でも、我慢してるのは何より明らかで──
あたしは何かと葛藤する夏希ちゃんが面白くてついつい誘惑してみたりなんかして……
「ねえ、夏希ちゃん?今日もシないの?」
「シない!」
短パンにキャミソール、もちろんノーブラで。
テレビを向く夏希ちゃんの顔を四つん這いで覗き込んでわざと迫ってみたり。
真っ赤になってそっぽを向く夏希ちゃんは萌え度かなり高しっ!
やばい、子宮疼くんですがっ!?──
あたしっめちゃめちゃヤっちゃいたいんですがっ!?──
・
頑なに禁欲する夏希ちゃん。
出家でもするきなんだろうか……
なんて思わせる程の強情っぷり。
ムキになって貫こうとする辺りが、結構可愛い──
夏希ちゃんなりにあたしを大事にしようとしてくれてるんだよね?
ありがとう。。。
重ねた唇をゆっくりと離す…
熱いため息が長く吐かれ、夏希ちゃんの綺麗な瞳が濡れてくる…
あ……スイッチ入ったかな…
そう読んだ途端
「なんでそんな可愛い顔して見つめるわけ?苦しいじゃん、俺……」
夏希ちゃんは掠れた声で低く囁いた。
苦しいんならヤっちゃえばいいんだよ?
何に誓ってそんなに我慢するのかねチミは?
なんて思わず問い質したくなる。
しょうがない──
その箍、あたしが壊してあげちゃうかな?
「夏希ちゃん…すき…」
「……っ…」
夏希ちゃんは目を見開いた。
ちょっと苦しそうに綺麗な顔が歪んでいく。
胡座をかいて下を俯くと夏希ちゃん小さく呟く。
「今それ言ったらダメっ…」
「……?」
「我慢できなくなるっ」
「今言わなかったらいつ言うの?」
「……っ…でも今はだめっ」
胡座をかいた膝がモジモジ揺れている──
「わかった」
夏希ちゃんなりの思いがあるんだろう…
じゃあ、あたしも禁欲するかっ!
夏希ちゃんの仕草を見てなんだかフフッと笑みが漏れた。
・
夏希ちゃんを解放してあたしは薄着の上にシャツを軽く羽織った。
わかったって言ったからには協力してあげなきゃね!
シャツを着て部屋を歩き回るあたしを夏希ちゃんの視線が追い掛ける。
“すき…”
あたしの言った言葉に返すようにそんな想いを込めた瞳であたしを追う。
あたしはそれを気に止めず、お気に入りの番組にチャンネルを替えてテレビを向いた。
夏希ちゃんなりの愛情表現──
あたしはそれを受け止める
時に劣情
時に激情──
そして愛情……。
衣服を付けたまま手を繋いでベットで語り合った日。
「店を持ちたい。自分のコーヒーショップ!」
「うん、応援する…」
優しい声でそういってくれたあの日──
狭いベットで月明かり越しに言ってくれた夏希ちゃんの表情はとても穏やかで包み込まれるようだった。。。
この数週間で結構、色んな夏希ちゃんを見てきた。
あたしもこれからもっともっも色んな夏希ちゃんを見ていきたい。