愛の天秤-2
夏希ちゃんの居候、最後の夜──
相変わらず月明かりを受けるベットで横になり手を握って向かい合う。
普通じゃ聞けないような話。芸能界の裏話や事務所の社長、健兄の愚痴。
そんな話をクスクスと笑いながら囁き声で語り見つめ合っていると枕元であたしの携帯電話が鳴り響いた。
「……多恵ちゃんだ…」
あたしは相手を確認して電話を受けた。
「高校のクラスメイト」
夏希ちゃんにそう教えてシーっと自分の口指をあてる。
夏希ちゃんは頷いて口を閉じていた。
「もしもし!」
「晶、元気?バイトはどう?」
「うん、なんとかやってるよ」
そう言いながら夏希ちゃんと顔を合わせて見つめ合う。
まさか芸能人の恋人が出来て今、隣にいるともいえず、近くから聞こえる会話に入るように、夏希ちゃんは電話越しの多恵ちゃんの声に耳を澄ませた。
「そっちはどう?お母さんは?」
「うん、お母さんも落ち着いたし八月からは店に戻るよ〜、繁盛期だしね」
高校で大の仲良しだった多恵ちゃん。その実家は老舗の和菓子屋さんだ。こっちの大学に進学して二年目に、お母さんが倒れ多恵ちゃんは地元に帰ってしまった──その時一緒に住んでいたあたしは叔父の健兄を頼って居候生活に。
容態を訪ねたあたしに多恵ちゃんはそう答えていた。
「それよりさ、同窓会のメンバー高槻君が来るって!晶どうするっ?」
「えっ!?」
多恵ちゃんの口から突然出てきた男の名前──
腰に回っていた夏希ちゃんの手が間違いなくピクリと反応していた。
・
「あ、あ〜…そう…な、何しにくるんだろうね…はは…」
多恵ちゃんっ!話題変えてくれっ…
あたしは強い念を送った。
「何しにって同窓会にじゃんっ」
そりゃもっともな答えだっははっ!…
「てかさ、丸山君に聞いた話なんだけど…」
「うん、」
「出席の最終確認したら、晶は来るのか?て聞いてきたらしいよっ」
──っ…ひいっ…
これ以上なんだかヤバい気がするっ
携帯を耳に充てたままあたしはトイレに行こうと立ち上がった。
夏希ちゃんは咄嗟にあたしの腕をつかんで強く引き戻す──
「ここで話して」
強引に引き戻されてベットに座り込んだあたしの背中から抱きすくめると後ろから小さく囁いた。
携帯にはしっかりと夏希ちゃんの耳が寄せられている……
高槻 一哉──
高校の時に付き合っていたそれこそあたしの元彼だ。
高校を卒業した後にお互い地元を離れ、元彼は他県の大学に──
あたしは多恵ちゃんの大学進学に付き添うようにしてフラッと都会に出た。
卒業旅行を最後にバイバイした。
言ってしまえばこっちへの上京は高槻と別れた後の長期の失恋旅行のようなものだった…
・
電話口の多恵ちゃんは少し興奮気味だ。
「でさ、晶が来るなら行くって言ったらしいよっ」
うひぃっ…多恵ちゃんもう止めて!
あたしの腰を捕まえるようにして抱き締める夏希ちゃんの腕に力が入る。
「ねえ晶どうするっ!?復活しちゃったりしてっ!」
「し、しないしないっ!そんなことないよっ!」
あたしはムキになって声を張り上げた。それは多恵ちゃんに対してではなく、夏希ちゃんへの言葉だ。
背中越しに夏希ちゃんのピリッとした感情が静かに伝わってくる──
あ[#禁止文字#][#禁止文字#]っもう電話切りたいっ!
「あ、あたしちょっと用事がっ…」
そう言いかけた口を夏希ちゃんの手が塞ぐ。夏希ちゃんはあたしの携帯を耳から放すとボソと呟いた。
「続けて…」
「はい…」
しょうがない……
物凄く重苦しい空気が漂う。
放した電話を再び耳に充てた。
「なに?忙しい?」
「ううん……大丈夫」
じゃないけどね……
「で、丸山はあたしが来るって言ったわけだ…」
「らしいね、てかさっ…丸山がまだ気があるのかって茶化したらっ」
ううっ…もうやめて多恵ちゅあん……
「なんだかんだ言って晶が一番良かったっ!ってさ!!キャー恥ずかしくないっ!?言ってくれるよね!?丸山も自分で訊ねて恥ずかしくなったて!なんか笑えるっ」
「うん、笑えるね」
こっちは笑えないけど…
耳元で強い溜め息が吐かれた。