艷男-5
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「はあ…離れるの辛いな……」
立ち上がり呟くと洗面の鏡を覗き込んだ。
憂いに佇む男が映る──
切なくて手離したくない恋
今、離れるのは危険な感じがするのはまだまだあの人が自分のものだという確たる証拠、自信がないからだ──。
「野生の虎か…」
確かに言えてる──
自由奔放で掴み所がない
手錠や枷をするのにも命懸け。
なのに俺の心はガッチリと鋭い爪で鷲掴みしてくれている……。
食い込んだ爪で痛みを与えながら柔らかな尾っぽで優しく撫でて俺を翻弄させる……
晶さん……俺、どうしようもないくらい貴女に夢中だよ…
責任とってよねちゃんと──
そう願っても伝わるどころか……
「ただいま」
「あ、おかえ…り…」
俺の夢中になった女性(ひと)は驚いたように俺を見つめた。
「なに?」
元気ないのがわかったかな?
俺の気持ち、少しはわかってくれたかな?
今すごく切ないよ、晶さん…
「……肉は?」
「え──?」
「肉買いに行ってなんで手ぶら?」
「……あっ──!」
しまった──…っ…
慌てる俺を見る顔がみるまに呆れ顔に変わっていく──
「夏希ちゃんて…アホタリン?」
「………」
アホに足りんまでつけてくれる始末だ──
彼女が立っているキッチンでは鍋のお湯が沸騰している。
・
今日の昼は俺の切りすぎた繊切りキャベツを消費する為にしゃぶサラにする予定だったのに──
事務所からの急な呼び出し。
肉を買いに行くという彼女を止めて、
「ついでだから俺が行くよ。冷凍の食材も使い込んだし旨い上等の肉買ってくるからさ」
「うそっ!」
“特選黒毛うしぶた産地原産!”
そう捲し立てて催促するニコニコ顔の彼女に見送られて家を出て来た筈だった──
「帰りつくまでに思い出さなかったの肉のことは?──」
「ちょっと考え事してて…」
「夏希ちゃんて…一つの考え事に夢中になると周り見えないんだ?」
「そうだよ…」
何を言われても責められてる気がする……
「集中あるじゃん、さすが役者さんだね…」
「………」
「で、今度は何考えて夢中になったわけ?」
「………晶さんにじゃん…」
何となく責められてる感に俺の顔付きが拗ねていく。
「あたしの事考えたらお肉を連想しなかった?」
「………ごめん」
「──……ぎゅルルルルル……」
「……ごめっ…」
謝る俺の真ん前で彼女のお腹が激しく唸った。
「──っ…謝る暇あるなら早く買ってこい!!」
腹を空かせた野生の虎は、俺の尻を自慢の長い脚で足蹴りする。
トップスターの俺に対してあり得ない程の酷い仕打ち──
慌てて玄関に向かった俺の後ろ姿をその野生の虎はクスリと微笑んで見送っていた──。