スローなラブで-1
何を作ろうか…
人通りの少ない路地を抜けて小さなスーパーに立ち寄った。
冷凍庫に晶さんが仕込んだ粗びきミンチのタネがあった筈だ──。
中味を思い出しながら主役メニューを考えて必要な物をカゴに放り込む。
俺ってこんなにマメだったっけ…
デミグラスソースの缶詰めを手にして適当な野菜を選びながら、ふと思った。
身体のことを考えてサラダを食べて欲しいなんて考えてるあたり、もう立派な主婦だ。
同居しはじめてから晶さんのことだけ考えて動いてる。
子役からずっと仕事に打ち込んできた。
学校なんてまともに行ってない。それでも大人に囲まれて社会で学ぶべき物は学んだからこれと言って不便はない──
団体行動
上下関係
規律に礼儀──
競争心に生き抜き方も…
戦い方は全て芸能界で学んできた──
努力したからこその結果が現れる仕事は厳しいなりに楽しかったし、だからこそ演技力も鍛えられたわけで…
でも、
今、俺は──その楽しかった生活を何時でも捨てる準備をしている。
仕事よりも次なる夢中になるものを見つけたから……
・
社長が二人の付き合いに何かを言うのなら──
芸能界はいつでも引退してやる
もう迷う物は何もない──
“夏希ちゃん”
……この名前で呼んでくれる人は晶さん以外、他には居ない──
ずっと…
俺は藤沢 聖夜でやってきたから──
名子役としての意識の植え込みか、自分の親でさえも“聖夜”そう呼んだ。
それを苦痛とは思わなかったし当たり前のようにして今まで生きてきた。
ただ──
扱いは雑な上に“ちゃん”付けで俺の名前を呼び続ける彼女の行為は意外にツボにハマって俺を翻弄させている。
「蹴りは喰らわす、おまけに寝っ屁も平気でこいてくれるし……」
あれを愛しいと思えるんだから病気だなもう──
「ぷっ…」
思い出しただけで俺を笑わせてくれる。
思わずニヤ蹴る顔を手で隠しながらマンションに戻ると袋から食材を取り出した。
簡単にミンチを丸めると先にハンバーグを仕込んでソースで煮込む。
冷凍食材ばかりだからたまには新鮮な生野菜を──
そう考えながらキャベツを千切りする。
そう言えば前に特番ゲストでキャベツの千切り競争したっけ?
あの時は負けたくない一心でキャベツ買い込んで家で千切りの練習しまくった…
・
俺は自他共に認める負けず嫌いだ──
だから芸能界でも生きてこれたのかも知れない。
演技の上手いやつが居れば歳なんて関係なしに越える事だけを考えて突っ走った。
俺の才能は天性ではなく間違いなく努力の積み重ねに依って出来ている。
だからスタッフも認めてくれるし芸能界に味方は多い──
俺は愛されて育ってきた……
きたんだよ──
それなのに……
「なに考えてこんなキャベツ切っちゃったの?もしかして夏希ちゃんバカ?」
「……つい昔を思い出して気が付いたらそうなってたんだよ…」
バイトから帰ってきてボール山盛りの千切りキャベツを見て呆れ顔でいう。
「昔を思い出してキャベツ山盛り千切りするってどんなヤツよ?」
目の前に居るじゃん…。
彼女には…愛される努力をもっともっとしなきゃいけない──
芸能界より手強い気がする。
「野菜沢山食べて貰いたかっただけじゃん…」
煮込みハンバーグの様子を見る俺の肩に顎を預けて腰に手を回しながら彼女はクスクス笑った。
「そんなにあたしの健康に気を使ってくれたんだ?」
「そうだよ…わかってんなら見逃して」
「ダメ、気を使うなら頭も使いなさい」
その言葉にちょっとムカッとした。
「俺、普段すげー頭回転いいんだけどっ?クイズ番組だって正解率高いしっ…」
世渡り上手だしっ…
「これで?」
それでもキャベツの山盛りを指差して俺の訴えをあっさり退ける。
「しょうがないよ…」
山盛りのキャベツを隅に追いやると後ろから抱き着いていた晶さんをキッチンに抱き上げた。
・
驚いて短く声を上げた晶さんの唇をそのまま塞ぐ。
数回繰り返して吸い付くと小さくため息を吐いた。
「晶さんのことになると頭ん中ショートする…」
「あっ…っ…」
「熱で回んない…」
「夏…っ…やっ…」
言葉を吐きながら頭がホントに回らなくなってくる。
思考回路は火花が散ってショートしまくる──
目の前の突起に噛みつく度にか細く喘ぐ──
よがる魅惑的な熱の元に息が上がり、苦しくて胸元に顔を埋めた。
「晶さんっ──」
「な、に…」
「バイトから帰ってきたばっかりでなんでノーブラなわけっ!?」
噛みついた突起。隔てる布がTシャツ一枚しか見当たらない。
「あー……あのっエプロンで隠れるからさっ…あの、別にいいかなって…」
「……っ!…」
バレる覚悟を決めてせっかくあの喫茶店で高田とかいう男に予防線を張ったのにっ──
俺の好きになった人は色んなことで俺を翻弄し続ける。
どんなに自分が人目を惹くのかをわかってくれない──
無防備なこの人にどうやって伝えて行けばいいんだろうか…