喫茶「和らぎ」-2
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「追加ですか」
あくまで接客。恋人と言えど今はお店のお客様!
そう自分に言い聞かせながら夏希ちゃんに笑顔を向ける。
そんなあたしを夏希ちゃんはサングラスをずらして隙間からジロリと見上げた。
「……?」
「なんか話し過ぎじゃない?カウンターの奴と…」
「は?」
「カウンターのスーツ着た男!」
「……ああ、高田さん?」
「……」
すごいムクレてる…
ムッとした表情を露にしてサングラスを元に戻すと夏希ちゃんは前を向いた。
なんか色々気に入らないって顔してんな〜…
明らかにヤキモチ顔を見せる夏希ちゃんにコソコソと話し掛ける。
「高田さんは常連さんだから愛想良くして当たり前!──取り合えず何か追加する?」
「ん……おすすめ何?」
「甘いの好き?」
「……好き…」
頬杖ついてこちらを見上げたまま見つめてくる。
「好き?ケーキかパフェ?…珈琲ぜんざいもあるよ」
「……」
聞いてるのに答えない。
「ケーキにする?」
「これがいい…」
「………」
カウンターから見えないようにあたしのエプロンの裾を摘まんでいう。
「これは……帰ってからね…」
しょうがないからそう応えてかわすと何故かほんのり赤くなっていた。
自分から言っていっつも赤面する…
夏希ちゃんは中途半端に初やつだな…
取り合えず和らぎ特注のロールケーキをススメてあたしはカウンターに戻った。
カウンターでは今度、店で開く常連さんとのコンペ、ボーリング大会の話題で盛り上がっている。
この、喫茶「和らぎ」が長年常連さんから親しまれている証の交流会でもある。
マスターは高田さんと話しながらもホールの隅のテーブル席に座った初めて見る客を気にしている。
気付いたかな…
ふとそう思って居るとやっぱりマスターは口にした。
「まさかな〜と思うんだけどやっぱりあれだよな?…あの隅のお客さん…」
「え?なにが?」
急に話題を変えたマスターの視線に高田さんも振り返っていた。
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「あの、あれだ…晶の親戚んとこのタレント…」
「藤沢聖夜…」
名前がいっこうに出てこない様子のマスターに代わってあたしが言った。
「それだそれっ!」
「マジで!?」
あまりジロジロ見るのも失礼だと思いながら高田さんはチラチラと横目に確認している。
「ここらへん良くくるのかな?来たの初めて?」
「ああ、たぶん初めてだと思う…」
高田さんに聞かれてマスターは応えた。
「やっぱ芸能人だと地味にしててもなんか違うな」
「はは、独特なオーラがあるんだろうな。向こうは晶の顔、知ってるのか?」
「知らないよ、芸能事務所に行ったこともないしまず芸能人自体に合ったこともない」
取り合えず軽くシラをきった。
前回のスキャンダルのせいで叔父宅に身を寄せてることは一応内緒。
一緒に住んでるなんて知れたら大変なことになる。
「色紙あったかな?…晶、サイン貰ってくれるか?」
マスターは棚を探り始めた。
「やっぱないな、はは!普段、芸能人がくるってことないからあるわけないか?──晶、コンビニ走ってくれ」
「サイン欲しいの?」
「ああ、店に飾る。藤沢くらいの人気タレントなら飾って宣伝になるからな」
「…なる…いいよ、お願いしてみる」
子役の頃はよく叔父が──
“うちの聖夜がよくやってくれてる”
なんて実家に帰省する度に口にしてたのは微かに覚えてるけど……
「………」
そういや夏希ちゃん一度だけ健兄に連れられて実家に着たことあったよな?
あたしはふと思い出していた。全てがうろ覚えで微かにしか浮かんでこないが、あたしは昔の実家を思い浮かべていた。
大人になった藤沢聖夜──
やっぱピンとこない
あたしにとっては、夏希ちゃんは夏希ちゃんであって……
芸能人としての藤沢聖夜になんの思いもわかない──
マスターはレジからお金を取り出した。