投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

君が何者であったとしても。
【その他 その他小説】

君が何者であったとしても。の最初へ 君が何者であったとしても。 0 君が何者であったとしても。 2 君が何者であったとしても。の最後へ

君が何者であったとしても。-1

人からは人が、猫からは猫が、犬からは犬が産まれるのではないのか?
私は産まれたばかりの赤ん坊を抱いている。混乱した頭を、赤ん坊の、空気を引き裂くような泣き声が、更なる混乱へと導く。
何故、私からこのような赤ん坊が産まれるのだ?
私の抱くそれは、人とは呼べず、かといって獣でもなく、勿論天使や悪魔の類いでは無く、奇形児ですらない。なんと形容すれば良いのか分からない。怖い。確かに存在している名前のないその存在が私を混乱させている。

そういえば、イエス・キリストは処女が妊娠するという奇妙な出生を果たしたのではなかっただろうか、と私は記憶を手繰り寄せる。が、そこには救いはなかった。何故なら、私は既に十数年前から性行為を持っていたし、今までに数十人という男達と性行為をしてきたからだ。思い当たるふしも、無い訳ではない。今更妊娠したからと言って、何も不思議ではない。

私は名前のないそれに、乳を与えてみる事にした。
赤ん坊はこくん、こくん、と私の乳を飲み込む。泣き声が止むと、少しだけ私は自意識を取り戻した気分になる。
私の乳に必死でしゃぶりつく赤ん坊に対し、私は愛しさを感じている事に気がつく。
それに。

私は赤ん坊のからだから発せられる体温を感じる。
ああ、なんて温かいのだろう。
夜、獣のようになるあの自意識過剰な男達と比べて、君はなんて温かな熱をくれるのか。

ところで、私は果たして妊娠していただろうか、という当たり前の疑問にようやく辿り着く。生理はきっちりした周期でやってきていた。妊娠はしていなかった。そもそも、妊娠していたならば、当たり前に産婦人科へ行き、定期的に検査を受け、本当に不可形容な君が私に宿っていたならば、音波写真ですっかり確認できているはずで、それならば、もしかしたら君はこんなところにはいなかったかもしれない。存在を許されなかったかもしれない。

ひょっとしたら、君は何かの間違いでこんな所へやって来てしまったの?
赤ん坊は私の乳を飲んでいる内、すっかり眠ってしまう。静かな部屋の中、君の寝息だけが聞こえる。

そっと、ベッドの上に君を置き、私は性器をティッシュで拭く。僅かに痛むが、さほどでもなく、出血も少なかった。確かに、通常の出産とは大分相違点があるな、と私は大分冷静になった頭で考えた。下着を替え、寝着に着替え、私は君の隣りに横になる。目をつぶるが、なかなか寝付けそうにない。私は何分かおきに、目を開け、隣りの君の姿を見つめる。そして、君がちゃんとそこにいる事を何度となく確認する。

私は明日が来るのを恐れている。出生届はどうすれば良いのかとか、親にはなんと話せばいいのだろうとか、生活費はどうしようだとか、そういう事ではなくて、ただ、純粋に君がいなくなっているような気がして。
私は君に触れる。大丈夫、とほとんど自分に対して呟いてみる。
もう、私は君を怖れてはいない。だから、君は何も心配しないで、そこにいて。
だって、君はこんなにも温かくて、君はこんなにも愛しい。


君が何者であったとしても。の最初へ 君が何者であったとしても。 0 君が何者であったとしても。 2 君が何者であったとしても。の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前