Deep Kiss & Surprise-4
「あ、今日イベントやってんだ。しかも3時から大ビンゴ大会だって。そりゃこの辺に人はいないわ」
二人が今いる場所から反対の位置がメイン広場になる。そこで、人気お笑い芸人を呼んでのライブと、ビンゴ大会が開催されているようだ。
その分、この辺りは閑散としていて、二人の視界にほとんど人はいなかった。
それだけに、絵美にとっては開放感がより一層強く感じるのだろう。
「ほ〜んと気持ちイイねぇ〜。朝から晩まで室内にいると、空調が効いてるからいつだって快適なんだと思ってたけど、こうやって外の空気を吸うと全然違うんだねぇ」
「俺も退院してしみじみと思ったよ。やっぱり自然の空気が一番いいって」
「退院して一番最初に何したの?」
「ラーメン食べた」
「ラーメン!?」
「そ、ラーメン大好きでさ。真っ先にお気に入りのラーメン屋に飛び込んだよ」
「いいなぁ。入院してたらラーメンなんて食べられないし。麺類はうどんが出るくらいだもんね。あぁ〜ん、涎が出ちゃいそう」
「絵美ちゃんもラーメン好きなの?」
「大好き。一人で行っちゃうこともあるぐらいなの」
「へぇ〜そーなんだ。じゃあ今度美味しい店教えてよ。連れて行ってくれないかな?」
「うん。わかった。約束ね」
そう言って右手の小指を差し出した。
「ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます。指切った」
僕と絵美は、指切りげんまんで、ラーメンデートを約束した。
絵美は名残惜しそうに切った(離した)指を見つめていた。
僕は絵美の指をそっと包み込み、しっかりと握った。
絵美は手を握ったまま、隣に座った僕の肩に頭を傾けてきた。僕はそのまま絵美の肩を抱いた。
「来週からお仕事始まっちゃうんだね」
少ししんみりとした口調で絵美は言った。
仕事が始まれば今までのように二人でいる時間は作れない。ましてや絵美が退院すればそれは更に顕著になる。まだ明確に退院の時期が決まったわけではないけれど、順調にリハビリを消化していることを考えると、そんなに先の話ではないだろう。
僕はそのことをしっかりと理解していたし、この関係を出来る限り続けていきたいと思っていた。しかし、絵美の方は頭では慶一郎の気持ちをわかっているつもりでも自分の中でなかなか消化することが出来ないままだった。
「今週からちらほらと仕事復帰してるんだけど、復帰早々いきなり大量の仕事に埋め尽くされそうな勢いだよ」
余計に不安を煽られる気がした。慶一郎にその意図が無いのは当然だが、一言一言に過敏になっている絵美からすれば、仕事の話はあまりいい気分はしなかった。
「今までは何だかんだ言っても結局仕事が好きで、最優先に考えていたんだ。男だったら仕事が一番っていう親父を見てきたから余計にそんな性格になっちゃったのかもしれないけど」
(やっぱり仕事が一番なのね。その考え方は悪くは無いけど、やっぱり私のことも大切にして欲しいな)
「でも、今回入院してみて体が資本っていうことを身に染みて思ったよ。怪我での入院だったけど、普段の生活からしっかりと管理しないと、いい仕事が出来ないってね」
(仕事に対する情熱とか責任はホント尊敬しちゃう。でも・・・でも私のことをもっと見て。色々なことを知って欲しいの)
「入院してもう一つわかったことがあった。支えてくれる人の大切さ。支えてあげる人の大切さ。俺がまだガキなのか、けっこう親とは諍い事とまではいかないけど、言い争ったりしちゃうんだ。でも、入院してみて色々と支えてくれてるんだなってすごく感じた」
僕は空を見上げ、ふぅ〜っと息を吹き出した。
そして、絵美を見つめ、握った指の力を強めてこう言った。
「これからも絵美ちゃんのことを支えていきたいし、俺のことも支えて欲しいと思ってる。あ、そういう深い意味じゃなくて。その・・・今の素直な気持ち」
長く付き合い、そろそろ結婚かというカップルの会話であれば、これはまさしくプロポーズの言葉と言っても差し支えないくらい深い意味を持った一言だった。
絵美はこの一言を待っていたし、事実目の前で慶一郎が言ってくれたことが嬉しかった。まさに天にも昇る気分とはこのことだ。
「ありがとう」
短い言葉だったが、深く情のこもった一言であった。
見つめ合った二人は自然と唇を合わせた。長い時間そのまま・・・
一旦唇を離し、今度はニコニコと笑いながら礼を言った。
「慶ちゃん。ありがとう。だーい好き」
そう言って、両手を僕の首に絡ませ、抱き着きながらキスをした。
僕は絵美を受止め、背中に手を回ししっかりと抱きしめた。胸の柔らかい感触を服の上からでも感じ取ることが出来た。
そして、少し躊躇したが、思い切って自分の舌先で絵美の唇を軽く舐めあげた。絵美もそれに反応し、自らの唇を少し開け、慶一郎の舌の侵入を待ち受ける。絵美は受け入れる意思を示した。
何度もキスをしていた二人だったが、舌を絡めるのは初めてだった。熱くヌメった舌同士は、恋人同士にとっては甘美なモノ以外何物でもない。ゆっくりと舌を舐め合い、互いの味を堪能した。
互いにいつまでも続けていたいところではあるが、さすがに公衆の場だけに周囲の目を気にしながらの甘美なくちづけは時々中段を余儀なくされた。
人の気配がし、何ごともなかったかのように普通のデートを装う。人が通り過ぎれば、また甘いくちづけを繰り返した。
どれくらい楽しんだだろうか、僕の胸の中で絵美が呟いた。
「ねえ、慶ちゃん。実はね、今日、外出届出してきていないの」
驚愕の事実に僕は現実に引き戻された。
「ええ、それって無断外出じゃないの?やばくない!?看護師さんとか探してるよ」
「違うよーそんなことはしないもん」
「だって、外出届出してないって」
「だから、私が出したのは外泊届なの・・・」
僕は、ここ何年かで一番驚いた。