狂乱の夜-9
「シゲさん……行こう……。」
「うん?」
「すぐにあいつ等のところに帰ろう。」
居ても立ってもいられずに席を立った。
まったくオレはバカだ。
襲撃もそうだが、シゲさんが恐れていたのは、もっと別なこと。
おそらくそうだ。
「シゲさん、シホのアパートには「たまに」じゃなくて、定期的に行ってたんだろう?それもずいぶんと前から。」
歩きながら話しかけた。
顔は、正面だけを見ていた。
今にも駆け出しそうな勢いで歩くオレの後をシゲさんがついてくる。
こんな構図、滅多にない。
シゲさんは、なにも言わなかった。
かまわず続けた。
「シゲさんは、気付いていたから定期的にシホの様子を確かめていた。そうじゃないの?」
シゲさんは無言を続けている。
「奉納試合のときに体育館で会っていたのも、シホが呼びだしたんじゃなくて、シゲさんが呼び出したんだろう?シホの状態を確認するために。」
「あの日、シホにどうしても確かめなければならないことがあった。」
シゲさんがやっと食いついてくる。
「それは?」
「刑務所に収監されていた父親の出所が決まったんだ。それをシホが知っているか確かめたかった。」
子供だったシホを孕ませたクソ変態オヤジか。
「シホはなんて?」
「知らない、と答えた。」
嘘だ。あいつは知ってたんだ。
「それで、その父親の元へ走らないように、オレを張りつかせたわけ?」
たぶん、そうだ。
襲撃も脅威だが、もっとも恐れていた脅威はごく身近にあった。
シホ自身だ。
近親相姦には魔力がある。
一度ハマり込むと、そこから抜け出すことは、なかなか難しい。
だから、シゲさんはコトリではなく、シホを重点的に警戒しろといったのだ。
「タカ、いいのか?」
シゲさんが、後ろから訊いてきた。
「ええっ!?なにが?」
「その……シホのことを知ってもまだ……。」
「ああっ!?」
シゲさんにしてはめずらしく弱気な声だ。
「シゲさん、オレのこと舐めてんの?」
「いや、そうじゃないが……しかし……。」
「しかしもカカシもヘチマも減ったくれもねえっての!あいつはオレの女で、これまでも、これからもずっとずっとオレの女だっつうの!!」
親子丼、逃がしてたまるか!
「シゲさん行くよ!」
すぐにでも、戻ってやりたい。
あいつ等のそばにいてやりたい。
過去なんか、どうだっていい。
あいつ等が隣りにいて、笑ってさえくれれば、それだけでいい。
バカなオレがあいつ等のためにしてやれることなんてひとつしかない。
そばにいて、ずっとあいつ等を守ってやる。
それだけだ。
不安になるとすぐに衝動的になるのが昔からの悪いクセ。
居ても立ってもいられずにロビーを抜け出すと、すぐに駆け出していた。
「タカ!」
逸るオレを抑えようとしたのか、シゲさんが呼び止める。
「なにっ?!」
何度も何度もなに?
オレは早く帰りてえんだよ。
だだっ広い駐車場を前にして向き合っていたふたり。
夜も遅かったせいか、駐車場には一台の車もない。
春だというのに肌寒い風がふたりのあいだを吹き抜けていた。
オレが振り向いた先には、肩で息をしていたシゲさん。
そのシゲさんが口を開いた。
「お前、どうやって帰るつもりだ?」
はっ?
う゛ぁあああああっ!車がねえぇぇっっ!!!