狂乱の夜-7
『3日ほど前に駅で保護した女の子だ……。』
『え?……。』
重丸は、興奮していたわたしを落ち着けようとしたのかもしれなかった。
溜め息を吐きながら、コトリを襲った女の子のことを教えてくれた。
『深夜の駅をさ迷っていたんだ。真っ白な服を着て、裸足でホームをうろついていた。
今のお前と同じくらいの歳の女の子だ。
お母さん、お母さんと言うだけで、他には何もしゃべらない子だった。
だから、その子が何者なのか、どこから来たのか、今もほとんどわかっていない。
どうしてコトリちゃんにあんなことをしでかしたのかも同じだ。
精神的に不安定そうな子だから、発作的にあんな……。』
『ミノリだ。』
真っ白な服と聞いて、すぐにわかった。
『え?』
『それってミノリだ。』
ミノリは、異常に白い服ばかり着たがる子だった。
『お前……その子を知ってるのか?』
意外そうな瞳が見つめていた。
その瞳を見つめ返しながら、頷いた。
『3日前にうちから逃げ出した子。今もみんなで捜してる。』
『逃げ出したって……どこから?』
わたしはすぐに口を噤んだ。
重丸には、ほとんどのことは話していたけれど、Thrushのことだけは、ひたすら存在を隠していた。
だから、わたしたちがデリバリーされることは知っていたけれど、その供給元がどこであるかまでは掴んでいなかった。
あそこだけは口が裂けても言えなかった。
Thrushの存在を教えてしまったら、わたしの帰るところがなくなってしまう。
押し黙ってしまったわたしを見て、重丸は大きな溜め息を吐いただけだった。
政治家の傀儡に落ちていた重丸は自分の無力さをわかっていた。
わかっていたから、彼はできもしない大言壮語を吐いたりはしなかった。
それだけでも、彼の誠実な人柄がうかがえる。
本当の悪人とは、できもしないことを平気で口にするひとだ。
騙すことに慣れているから、どんな大きな嘘だって平気で口にできる。
これまで嫌というほど、そんな大人たちを見てきた。
政治家なんて、まさしく嘘つきな大人の代表みたいなものだ。
その政治家に、わたしは命を狙われていた。
『どうして?……。』
『お前らは、やり過ぎたんだよ……。越えてはならない一線を越えてしまったんだ……。』
重丸は淡々と話してくれた。
五所川原を騙したことで、わたしがとても危険な状態にあること。
タイペイマフィアが、わたしを狙っていること。
そして……。
『なあ、ツグミ……。』
みんなは、わたしをツグミと呼んだ。
父もトリヤマも、Thrushにいたみんなも、そしてわたしの素性を知ってからはこの重丸でさえも、わたしを「ツグミ」と呼ぶようになった。
『お前に話したかったのはコトリちゃんのこともあったが、もうひとつ大事なことがあるんだ。』
あの日、重丸がわたしにだけ、そっと教えてくれたこと。
『和磨は、明日から消える……。』
その企みをわたしは父に教えなかった。
父を愛していたけれど、それよりもコトリと一緒に暮らしたい気持ちが強かった。
コトリが殺されかけたと知ってからは、なおさらだった。
それを期待して、重丸は教えたのだろうけれど……。
『ずっとコトリと……一緒にいられる?』
『ああ……。』
向けられていたのは、シホお姉ちゃんと同じ瞳。
わたしは決めた。
『3日後だ。3日後に必ずコトリちゃんと一緒に迎えに来る。』
その言葉を信じた。
ううん、シホお姉ちゃんを信じたんだ。
わたしを守ってくれたやさしいお母さん。
コトリの名前を授けてくれたマリア様。
『今日から僕が、君たちのお父さんだ。命に替えても必ず守ってやる。だから、僕を信じてくれ。』
約束の3日後、大言壮語を言うことのなかった重丸が自信満々に約束してくれた。
罪深さはあったけれど、後悔はなかった。
その日、わたしは長年住んだ街を重丸とともに離れた。
腕に中にしっかりとコトリを抱きしめながら……。