狂乱の夜-34
覚悟を決めた、その瞬間だった。
意外な方向から刺客が放たれた。
シノちゃんと対峙していたはずの第3の男が顔も向けず、唐突に腕だけを振って、それまでシノちゃんに向けていたナイフをオレに向かって投げたのだ。
気配を読まれて、先手を打たれた。
当てずっぽうの割には狙いは正確だった。
ナイフの切っ先がまっすぐに、こっちへと向かって飛んできた。
「くっ!」
上体を反らして、とっさに後方へと飛んだ。
鼻先をナイフがかすめていった。
あ、あぶ!……。
体勢を崩して、その場に倒れ込んだ。
転倒した視界の先で、黒ずくめの男がシホたちをベンツの中に引きずり込もうとしているのが見えた。
やべっ!!
「きえぇぇぇぇぃっ!!!!」
慌てて立ち上がろうとしたところに、今度はシノちゃんの凄まじい気合いが夜空の下に響いた。
第3の男の手からエモノがなくなったと見るや、シノちゃんがここぞとばかりに襲いかかったのだ。
上段に構えた木刀で第3の男を叩きに出た。
予想していたのか、第3の男はアスファルトを強く蹴って後ろへ飛んだ。
だが、目の前の小娘の跳躍力を甘く見ていた。
第3の男が、とん、と地面にかかとをつけても、まだ娘は迫って飛んできた。
一気に間合いを詰められそうになり、第3の男は慌ててまた飛ぼうとした。
だが、焦った奴はバランスを崩して、後方によろけた。
たたらを踏んでよろけた先には、シホを車中に引きずり込もうとしていた黒ずくめがいた。
ふたりは激しく交錯して、黒ずくめの手から握っていたシホの髪が解き放たれた。
「逃げろっ!シホっ!!」
自由になったシホの姿が見えた。
タカは、声の限り叫んだ。
だが、次の瞬間、
え?
何が起こったのか、わからなかった。
ベンツの重々しいドアが閉められる。
黒ずくめの乗り込む後部座席のドアが閉められると、第3の男も運転席に飛び込んでいった。
間髪をおかずに耳をつんざくような爆音が夜空の下に轟いた。
壮絶なホイールスピンをかまして、白煙を巻き上げながらベンツが勢いよく走り出す。
タイヤを鋭く鳴らしながら走り去っていくベンツのテールランプが、あっという間に暗闇の向こうに消えた。
それを見送るだけで、呆然とその場に立ちつくすしかできなかった。
なぜだ?……どうして?……。
どんなに考えても、わからない。
コトリの泣く声が聞こえる。
シノちゃんに抱えられながら、アスファルトに膝を突いたコトリが、ベンツの消えた闇に向かって、ママ!ママ!と大きな声で泣いていた……。