狂乱の夜-32
「大丈夫だったか?」
ナイフ使いのオフロード車を見送りながら、細い肩を引き寄せて、もう一度シホに訊ねた。
なんで下着姿なんだよ?
震えていた細い肩。
子供みたいなあどけない顔が、泣きそうな目でオレを見上げていた。
「うん……。」
緊張感から解き放たれてホッとしたのか、シホはコトリを腕に抱えたまま、倒れるように胸の中にもたれかかってきた。
受け止めて、抱きしめた。
本当に細い身体だった。
剥き出しになっていた華奢な肩が痛々しかった。
こいつの過去なんか関係ない。
震える背中を腕の中に包み込み、素直にそう思った。
オフロード車が突っ込んだことで一時的な狂乱は治まったが、戦闘はまだ続いていた。
ベンツのそばでは、第3の男と闘っているシノちゃんが苦労している。
木刀を構えるシノちゃんの腕を持ってしても叩き伏せることができないとは、あいつもかなりの手練れらしい。
「いいか、ここを動くなよ。」
「タカくん……。」
不安そうな目が見上げていた。
つぶらな大きな瞳が、行かないでくれ、と訴えていた。
「大丈夫だ。お前らは必ずオレが守る。」
シホの頬を手にとった。
自分でも意外だったが衝動は抑えられなかった。
コトリが見ていてもかまわなかった。
シホに口付けた。
重ねた唇を離すと、潤んだ瞳が見つめていた。
その瞳の中にあったのは、絶対的な信頼感。
もう一度、口付けた。
さてと……。
シホの腕の中でコトリが泣きそうな顔になっていた。
コトリの頬も手のひらにとった。
「お前はチューしてくんないの?」
笑いながらいってみた。
コトリの顔が、くしゃ、と歪んだ。
泣きながら身を乗り出してきたコトリは、細い腕を伸ばして、縋るように首にしがみついてきた。
すぐに小さな唇を押しつけてきて、一生懸命キスをしてくれる。
シホよりもずっと長くキスをした。
しゃくり上げて、鼻水をすすりながらも唇を離そうとしないコトリが、可愛らしくて仕方なかった。
こんないいもん、誰がひとにやるかよ……。
つか……。
いい加減、離れろ!
いつまでもやめようとしないコトリを無理に引っぺがして、ふたりを見た。
「いいか?ここから、絶対に動くなよ……。」
オレに向けられていたのは、信頼の眼差し。
わずかに輪郭が違うだけの双子のようなふたりが、オレを見つめながらゆっくりと顔を頷かせた。
よしよし、あとでたっぷり可愛がってやっからな。
いよいよ今夜から始まる親子丼。
満足の笑みを浮かべて、ふたりに背を向けた。
よっしゃ!エネルギー充填完了!!
どっちから加勢に行く?
ベンツの手前では、第3の男とシノちゃん。
左手のアパート前では、ゴリラ1,2と闘う陸上さんと海上さん。
あれ?
そういえば、シゲさんの姿が見えないことに気がついた。
どこにもシゲさんの姿がない。
目をこらして薄闇の中を探した。
シノちゃんの軽自動車の向こう側にうつ伏せに倒れる人影を瞳が捉えた。
あれは……?
シ、シゲさんっ!!
間違いない、あのスーツはシゲさんだ!
やられたのか!?
慌てて駆け寄ろうとした、そのときだ。