狂乱の夜-31
陸上さんと海上さんが闘っている。
それぞれに相手をしていたのは、ゴリラ1とゴリラ2。
肉の鎧が分厚いせいか、ゴリラ1,2ともに、なかなか簡単に倒れない。
だが、海上さんも陸上さんも戦闘のプロだ。
うまい具合にゴリラ1,2をシホたちから遠ざけてくれた。
オレの前にいたのは、ナイフ使いだけ。
そのナイフ使いの後ろには、シホとコトリ。
「ママっ!ママっ!」
シホはまだ意識が戻らない。
さっさと起こせコトリっ!
こいつさえぶっ倒せば、シホたちを奪い返せる。
だが、そう簡単に行きそうにない。
「よう、ナイフ野郎……。テメエ、いったいどういうつもりだ?」
簡単にいかないのは闘っていないからだ。
「テメエ、やる気がねえのか?」
さっきからずっと見合ったままだった。
互いに構えているが、距離が縮まらない。
押せば引いて、引けば押し返してくる。
そんな状況がずっと続いている。
なに考えてやがる?……。
ナイフ使いと闘ったことはほとんどなかった。
これだけ本格的な奴となると皆無だ。
それだけに、こいつの思考が読み取れない。
これが戦術なのだとすれば、迂闊には動けない。
「ママっ!!」
コトリが弾けた声を出した。
やっとシホが意識を取り戻したらしい。
「コ、コトリ?……コトリっ!!!」
目覚めたシホが、すぐさまコトリを抱きしめる。
大事な宝物を盗られまいとするような仕草だった。
何からなにまで似ているふたり。
わずかに輪郭が違うだけで双子のような顔をした似たもの母子。
なんでお前下着なんだ?
「シホ!そこを動くなっ!!」
シホの目がタカに向けられる。
「タカ……くん?」
年下のくせに君付けしてんじゃねえよ。
いらん心配ばっかり掛けさせやがって。
明日からは「タカ様」って呼ばせてやる。
………………。
やめた。
コトリは絶対「バカ様」って言うに決まってる。
「いいかっ!!絶対にそこを動くんじゃねえぞ!!」
勝手に動き回られたら、こっちの算段が狂う。
取りあえず、どうにかして目の前のナイフ野郎を遠ざけなけりゃならない。
陸上さんからは、牽制だけでいいと言われたが、こっちもそれほどおとなしいわけじゃない。
取りあえず仕掛けてみっか?
一歩、前に出た。
あれ?
ナイフ野郎があっさり構えを解いた。
もうやめた、と言いたげに、無造作にナイフを内ポケットへと仕舞っていく。
「どういうつもりだ?」
「そろそろ潮時さ……。」
「潮時?……。」
「耳、すましてみな……。」
ああ?
殺気を放っているときは気が付かなかったが、近くにサイレンの音が聞こえていた。
誰かが通報したのだ。
「お前、何もんだ?」
こいつはシホを奪いに来た襲撃者だ。
だが、他の奴らとは違う。
うすうす気付いていた。
「誰だっていいさ。」
ナイフ野郎は、いきなりきびすを返して無防備に背中を向けた。
ツカツカとシホたちのほうへ向かって歩き始めた。
ナイフ使いが近づいてきたのを見て、シホがコトリを奪われまいとするように抱え込んだ。
コトリは、歯を剥き出しにして、男を見上げながら威嚇するように唸っている。
お前、犬か?
「嬢ちゃん。悪いけど、そこ、どいてくれるかい?車、動かしてえんだ。」
ああ?
シホがコトリを抱いたまま、恐る恐る車を離れる。
離れたのを見届けて、ナイフ野郎は無造作にオフロード車に乗り込んだ。
オレは、すぐさまシホたちのところに駆け寄った。
「大丈夫か?」
見たところケガなどはしていないようだった。
「なに?あいつ?」
コトリが、シホの胸の中で怪訝そうな目を向ける。
まったくオレも同意。
コイツらは確かシホたちをさらいにきたはず。
ナイフ野郎の思考が、全然読めない。
シホの肩を抱き寄せて、ナイフ野郎の動きを追い続けた。
奴がオフロード車のエンジンに火を入れる。
重低音の爆音を轟かせ、2,3回エンジンの空吹かしをさせると、いきなりタイヤを空転させて、陸上さんたちと闘っているゴリラ1,2めがけてオフロード車を疾走させた。
4人の間に割り込むようにオフロード車が突っ込んでいく。
猛然と突っ込んできたマシンに驚いた4人がそれぞれの方向に飛び散った。
蹴散らすように疾駆したかと思ったら、オフロード車は一度も停まることなく勢いそのままに走り去ってしまった。
闇夜に灯る赤いテールランプが瞬く間に小さくなっていった。
なんだありゃ?