狂乱の夜-17
チッ!まずいな……。
後ろを振り返った。
ハツの姿がなかった。
どうやら右手の部屋にうまく入ったらしい。
引き戸が開けっ放しになっていた。
出てこないということは、誰かがそこにいるということだ。
少なからずホッとした。
手ぶらでオジキの元に帰れば、何をされるかわからない。
きびすを返して、タンも右手の部屋に入った。
ハツがこちらに背中を向けていた。
じっと、なにかを見おろしている。
(どうした?……。)
声をひそめて訊ねた。
ハツの見つめる先に、あどけない顔で眠る少女の姿があった。
期待した家人を見つけて、タンは安堵に胸を撫で下ろす。
とりあえずティラノサウルスに殺されることだけは免れた。
これでなんとか目的のひとつは達成したことになる。
(なにやってやがる?)
ハツが、娘をじっと見つめたまま動かない。
(こ、これ……。)
首だけをタンに向けて、嬉しそうに娘の顔を指さした。
(なんだ?)
(か、かわいい……。)
目がだらしないほど笑っていた。
「ばっ!!……。」
怒鳴りそうになって慌てて声を呑み込んだ。
(バカ野郎、なにマヌケなこと言ってやがる。さっさと仕事しろっ!)
ハツは、ごつい顔をした大男のくせに、とんでもない少女趣味のオカマチックなところがある。
少女そのものはもちろん好きだが、それよりもさらに少女が好きそうな物を好む嗜好がハツには強い。
ハツのプライベートルームには、人形やぬいぐるみが腐るほど飾ってあることをタン以外誰も知らない。
裸にして犯すよりも、着飾らせて眺めるのを好むハツだった。
きっと、ガキの寝顔でもじっくりと眺めながら、頭の中でコスプレでもさせていたのだろう。
(こんな可愛いの、久しぶり……。)
ごつい顔が嬉しそうに、にやけていた。
気色悪いんだっての!
そりゃそうだろう、こいつはツグミの娘なんだ。
オジキが愛してやまなかった、あのツグミが産んだガキなんだ。
可愛らしいのは当然のことだ。
しかし、確かに見れば見るほど愛らしい顔をしている。
タンも釣られるように上から覗き込んだ。
「タカ……タカ……。」
ひとの気配を感じたからか、不意に娘の口から寝言がもれた。
なにかを欲しがるようにゆっくりと腕を伸ばしていく。
寝ぼけてやがる。
伸ばした腕の先にあったのは、ハツのごつい顔。
細い腕を巻きつけるように首に絡みつかせて、尖った唇を突き出した。
「タカ……チューして……。」
ああ?
ずいぶんとませたガキだな。
娘の顔が徐々にハツに近づいていった。
(おっ!おっ!)
ハツが興奮して、鼻息を荒くする。
(こ、こらハツ!お前、手を出すんじゃねえ!オジキに殺されるぞ!)
ハツから引っぺがそうと、娘の細腕を掴んだときだった。
いきなり、デカい目ん玉が開いた。
ハツと娘は、鼻と鼻がくっつくほどの距離でしばらく見つめ合っていた。
「あんた誰?」
聞いたのは娘のほう。
普通の声だった。
「ハ、ハツ……。」
ハツが赤面しながら答えた。
「なにバカ正直に答えてんだ!さっさとずらかるぞ!」
気付かれたんなら仕方ねえ。
このまま、かっさらっちまうだけの話しだ。
こんな小娘ひとり、担ぎ出すなど造作もない。
その時だった。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッァァッッ!!!!!」
ものすごい悲鳴が、ふたりの鼓膜に襲いかかった。