狂乱の夜-15
――タカの部屋――
お腹に響くような重低音のエンジン音が近づいてきて、シホは、ハッと息を潜めた。
こんな夜中に、このエンジン音は聞いたことがない。
タカの車はもっと高い音がする。
タカの車ではない。
それはゆっくりと近づいてきて、アパートの前を通り過ぎた。
気のせい……?
耳は澄ませたままだった。
不意に窓の向こうに赤い光りの灯るのが見えた。
エンジン音は、そこに停まったまま動かなかった。
窓越しに覗きたかったが、迂闊なことはできなかった。
これがシホたちをさらいにきた襲撃者ならば、目を皿のようにしてアパートの様子を監視しているに違いない。
わずかな動きで気配を察知される懸念があった。
息を潜めながら様子を窺うしかなかった。
そのうち、ふたつの足音がものすごい速さで階段を駆け上がっていった。
まさか……。
ガタガタと膝が震えて、背中に悪寒が取り憑いた。
ケータイ電話!
咄嗟にタカの顔を思い浮かべて電話を掛けようとした。
次の瞬間、自分が下着姿なのを思い出して、シホは絶望的な気持ちになった。
買ったばかりの下着を早く見せたくてパジャマで来た。
パジャマだったから、ポケットがなくてケータイは置いてきた。
自分のケータイは、リビングの充電器に繋げっぱなしになったままだ。
いざというときはタカがいるし、それにタカのケータイもあるから大丈夫と安易に考えていた。
ところが、肝心のそのタカが帰ってこない。
ここのところ、ずっとタカがそばにいてくれたおかげで、すっかり油断していた。
あれほど気を付けていたのに、一番大事なときに取り返しのつかないミスをしてしまった。
タカの部屋に固定電話はない。
どうしよう……。