重丸の苦悩-3
整然と並べられたイスのひとつに腰掛けた。
シゲさんが、買ってきた缶コーヒーを手渡してくれる。
「ほれ。」
「ありがと。」
オレの隣にドサリと座ると、シゲさんはフタを開けて、コーヒーを喉に流し込んだ。
「どこから話せばいいのやら……。」
缶を口から離すと同時に、ふぅっ、と大きなため息を吐き、まるで独り言のように、つぶやいた。
顔は正面を向いたままで、決してオレの方を見ようとはしなかった。
「なあ、タカ……。」
「ん?なに?」
「オレが青森で何をしていたか……お前に話したことは、あったか?」
シゲさんが、青森で?
そういえば知らない。
「いや、これといって聞いてないけど……でも、今と同じ役所に勤めていたんじゃないの?」
シゲさんは、異動で俺たちの街にやってきた。
だから、勝手にそう思っていた。
「ああ、確かに役所には勤めていた。市役所じゃなく県庁だったがな。」
「県庁?」
「ああ、県の役人だったんだ。」
「へえ、すごいね。」
県庁の役人といえば、採用試験もはるかに難しくなる。
もっとも、上級試験に合格しているシゲさんなら、そのくらいは当たり前にも思えるが。
「別に、すごくはないさ……。県庁といったところで役人は役人だ。今のお前たちと、やっていたことは、たいして変わらんよ。」
「ふーん。」
それでも、すごいけどね。
「上級で入いるとな、色々なところを回されるんだ。これを俺たちは「丁稚奉公」と呼んでいたがな。
色々な部署を経験させることによって、見識を深めさせ、適性を判断して、将来的に配置する部署を決めていくんだ。」
「へぇ……。」
「そして、俺は、その丁稚奉公の中で、今から10年ほど前、2年間だけ「児相」に居たことがある。」
「ジソウ?……。」
「児童相談所だ。臨時の行政職員として配置されたんだ。」
「へぇ、シゲさん児童相談所にいたんだ。」
意外な職歴だった。
児童相談所なんて、福祉関係の人しかいかないもんだと思ってた。
「児相での2年間は、俺にとっても良い経験になった。
どうして世の中には、これほど不幸な子供たちが多いのか、と疑問に思ったし、そして、ただの役人では何もできないってことも痛感させられた。」
シゲさんは、遠くを見るような目つきになった。
その瞳には、苦渋の色がありありと窺えた。
「俺も初めは、児相なんぞと高を括っていたが、その業務の複雑さと繊細さには、目からウロコが落ちる思いがしたよ。
なにせ、子供を相手にする仕事だからな。
それも、ただの子供じゃない。みんな保護を必要とするような子供達ばかりだ。
職員のみんなは、神経をすり減らすような業務を親身になって熱心にこなしていた。
彼らが深い愛情を持って、子供たちに接していることがわかってからは、その熱にほだされたわけじゃないが、2年目に入った頃には、俺も子供たちのために何かをしてやりたい、と真剣に思うようにもなっていた。
将来的には、福祉の道を目指そうとも、まじめに考えていたんだ。
この俺がだぜ……。」
シゲさんが、薄く笑う。
だが、すぐに表情は硬くなった。
「だが……ある事件が起きて……。」
シゲさんの目に、怖いくらいの怒りの色が浮かび上がる。
「ひとりの少女に出会ったことで、俺の生き方は、大きく変わったんだ……。」