忍び寄る影-1
第28話 〜〜「忍び寄る影」〜〜
2日前……。
秋田 某邸……。
むせるような草の香りがする。
美しい草木にあふれた庭だった。
レンギョウ、キョウチクトウ、夏椿にサルスベリ。
丁寧に手入れの行き届いた庭木の数々は、この土地の持ち主が、いかにこの庭を愛しているかをうかがわせる。
夜の帳に、しんと静まりかえった日本庭園の中。
澄みきった清流の音を耳にしながら、しばし、俗世間の薄汚さを忘れて箕田は闇の中に心を浸していた。
身を隠すようにレンギョウの影に身体を潜ませている。
殺気を消してはいない。
懐に研ぎ澄ましたナイフをしのばせるこの男の前には、羽虫の一匹も近づこうとはしなかった。
時折、カコン、と岩を打つシシオドシの澄みきった音色が、耳に届く……。
「あ……ああ……ああっ……御前様……。」
冷たい水の流れに混じって、風にたなびくような糸を引く女の濡れた声も聞こえていた。
「ああっ!いいっ!御前様っ!もっとっ!……もっとっ!。」
女の悦びが強くなる。
齢八十を過ぎた今でも、まだ、あの方は現役のままだ。
「ああっ!!イきますっ!!御前様っ!イきますっ!!」
それを最後に、漆黒の闇に溶けるように、女の叫び声が途絶え、しばし静寂が訪れた。
やがて、濡れ縁の向こうの障子戸が静かに開かれた。
「箕田、いるか……。」
着流しの帯を結びながら訊ねる男の声の前に、箕田はレンギョウの影から姿を現すと、目を合わせぬように頭を垂れながら、立った。
「御前……ここに……。」
御前と呼ばれた男は、かつて「親分」と呼ばれていた時期がある。
「如月は、どうしている?」
憂いを含んだ声音だった。
「相変わらずの悪行ぶりです……」
執念に妄執した男は、出所してからも蛮行をやめる気配はない。
「そうか……」
気落ちした声に、男の落胆ぶりがうかがえる。
「やはり、だめか……」
「はい……」