忍び寄る影-2
渡世屋家業にあって女を食い物にするだけならまだいい。
だが、年端もいかぬ子どもまで使うとあっては寛容できるものではない。
それは任侠の漢がすることではない。
かつては如月という男に期待した時期もあった。
今の阿宗会は、男の望む組織ではない。
如月ならば、あの忌々しい体質を変えてくれるのではないか。
期待したからこそ、惜しみなく潤沢なかねを与えて再起する機会も与えた。
速見を説き伏せて破門にすることも止めさせた。
だが、あやつの執念とは、どうにも組を再興するばかりではないらしい。
束の間の勤めに墜ち、そこで改心することを願ったが、どうやらそれも無駄のようだった。
「では、仕方がないな……」
「はっ……」
「予定通りにやれ……」
「はっ!」
かつて重丸という男がいた。
彼は、如月を監獄へと送り込んだ。
如月とは、なかなかしぶとい男だ。
力があり反骨の気概があり、そして、頭も賢い。
おいそれと奴を倒せるものは、そうはいない。
阿宗会の実力を持ってしても如月を倒すことはできなかった。
だが、重丸という男はそれをやってのけた。
しばしとはいえ、如月を無力化したのだ。
かつては親友だったという。
親友であったからこそ、できた離れ業であったのかもしれなかった。
「なかなか切れる男だ。こやつを使って如月に引導を渡せ……」
男は立場上、表立っては動けない。
今でも阿宗会の名誉顧問という最高位の地位にあるが、所詮、飾りの神輿だ。
体質を変化させられるほどの実権は、もはや男にはない。
むざむざと如月を速見たちに殺させたくはなかった。
だからこそ、これまで手をこまねいていた。
だが重丸ならば、うまくやってくれる。
警察など当てにはしない。
それは極道としての矜持が許さない。
如月の蛮行を止めることが出来るのは重丸だけだ。
絵図はすでに描いてあった。
あとは、機会を待つだけだった。
「御前様、風邪をひかれます……」
さっきまで濡れた声を出していた女が男の背中に立っていた。
乱れた様子もなく寝間着浴衣に身を包んでいる。
しっかりと浴衣の襟を閉ざしていた。
女は、手にする丹前を男の背中に羽織らせた。
闇のなかにあって、はっきりと女の顔はわからない。
だが、箕田はこの女を知っている。
かつては箕田もこの女を抱いたことがある。
あの妖精たちのハーレムにいたのだ。
娘のほうではない。
母親のほうだ。
なかなか美しい顔立ちをした女だった。
目の前の男とは50近い年の開きがある。
男を見つめる女の表情に、不思議なやわらかさがあった。
従順で慈愛に満ちた女だった。
「お前は休んでいなさい……」
女に向けた男の声にも、やさしさがある。
かつて、この男が青森に立ち寄った際、如月が世話役として、この女をあてがった。
夜には娘も差し出した。
それで、如月の悪行が男の知るところとなったのだ。
男は母子を帰さなかった。
それは無論、如月の蛮行に対する男の怒りを教えたものだった。
だが、それだけではない。
箕田にはわかる。
女は、男の背中に寄り添うように佇んでいる。
動く気配はなかった。
風邪をひかぬように、ぴたりと身体を寄せながら男の背中を温めているのだ。
女の頬が愛しげに男の背中に寄せられている。
男も無理に女を遠ざけたりはしない。
口に出していわずとも、男が女をこの上なく愛でているのは、見ているだけでわかる。
箕田は、音も立てずにふたりの前から姿を消した。
御前と呼ばれる男の張り番になってから、すでに5年。
これから男がなにをするのかなど、口に出していわれなくとも箕田にはわかる。
また、着流しの帯を解いていくのだ。
箕田は、闇に紛れて日本庭園をでた。
まだ不確定なことが多すぎて、すぐに何かを実行するわけではない。
時間はあった。
ふと、マナミの顔を思い出して、箕田は無性に逢いたくなった……。