ヨーダとシノ-6
――シホの勤める病院内――
「シゲさん、青森にいたんだね。」
広い背中が目の前にある。
狭い病室の中は、水を打ったような静けさに満ちていた。
「ああ……。」
シゲさんは、ズボンのポケットに手を入れながら、野呂課長の横に佇んで、ずっと寝顔を見おろしている。
「シホは、昔、熊本に住んでたって、言ってたよ。」
視線は課長に向けられているが、シゲさんの意識は違うところにある。
おそらく、そうだ……。
「そうか……。俺の生まれ故郷だな……。」
珍しく、その表情に精彩はなかった。
顔を俯かせる姿は、なぜか叱られる子供のようだった。
「4年前までね。」
「…………。」
「4年前。シゲさんがこの街にやってきた年と同じだね。これは、何か偶然なわけ?」
「ふっ……偶然だろう。そんな奴らはごまんといるよ。」
まだシゲさんの視線は、野呂課長に向けられたままだ。
「偶然じゃないよね。」
はっきりと断言した。
「なぜ、そう思う?」
「シゲさん、この門、知ってる?」
オレは、シノちゃんからもらった箱を片手に掲げた。
「門?」
ようやくシゲさんの顔が振り返る。
肩越しに銀縁メガネの奥から、光る目がオレを見据えた。
「朱院門のことか?ああ、観光地で有名だったからな。よく知ってるよ。それが、どうかしたのか?」
「この門の前でコトリを写した写真が、シホの部屋にあった。」
すなわち、それはシホたちが青森にいたって証拠だ。
「コトリちゃんの写真が?……そこで写した写真がか!?」
急にシゲさんの顔色が変わった。
「それは、本当にコトリちゃんだったのか!?」
いきなりシゲさんが、オレを睨みながら近づいてきた。
おわっ!ちょっとタンマっ!
「それは、本当にコトリちゃんだったのか!?」
両腕を掴まれて揺さぶられた。
ちょ、ちょっと待って!訊いてんのはオレなんだけど?
「あ、ああ……確かにコトリだったよ……。でも、今より幼い頃の写真だったけど……それに、門の印象も印象もちょっと違ってる気がする……。」
「印象が違う?違うって、どういうことだ!!?」
すごい気迫だ。
まるでオレを敵のように睨みつけている。
シ、シゲさん、ここ病室……。
「そ、その……なんか、色が違うような……。」
「色?、色って、門の色か?」
「う、うん……写真のは、こんなに真っ赤じゃなくて、もっと黒っぽかったような……。」
シゲさんが思案顔になった。
「そうか……。」
急にオレの腕を掴んでいた手のひらから、力が抜けていく。
「それは、コトリちゃんが、幾つぐらいの時の写真だ?」
「た、たぶん……4,5歳くらいかな……。」
オレの答えを聞いて、安堵したように緊張していた表情をほぐしていくのが、はっきりとわかった。
あんなに血相を変えたほどだ。よほど大きな不安が胸をよぎったんだろう。
そして、緊張が解けた途端に、シゲさんは、らしからぬミスを犯してくれた。
「そうか……。朱院門は一度焼けたことがあって、色を塗り替えているんだ。黒かったってことは焼ける前に撮られたものだから、それはコトリじゃなくてシ……!!」
そこまで言いかけたところで、慌てて口を閉ざした。
再び、鋭い目がオレに向けられる。
そんな目で睨んでも、もう駄目だよ。
今、シホって言おうとしたよね。
あれはコトリじゃなくて、シホなんだね。
しかし、どこまで顔が似てやがるんだ、あの母子は!?
だが、あれがシホだとすれば……。
「シホは、子供の頃、青森に住んでいたんだね?」
今も、キョウコが狂っているかもしれない地。
コトリは、東北で撮られたビデオの女の子を知っていると言った。
カマを掛けてみた。
シゲさんは、答えない。
「シゲさんは、青森からシホと一緒に、この街にやってきた。そうでしょ?」
やはり、オレの問いに、シゲさんは答えてくれなかった。
「シホには、何か秘密がある。それをシゲさんは知っている。」
シゲさんは、黙ってオレを見つめたままだ。