引き籠もりの友-4
「治療は終わりましたが、今夜は泊まっていった方がいいでしょう。本人も、まだ眠っていることですし、今夜は、こちらでゆっくりとお休み下さい。」
「ありがとうございました。」
暗がりの廊下を、ペタペタとサンダルの音を響かせながら、先生が去っていく。
「大丈夫だってさ。」
待合室のベンチで、顔を俯かせながら、グスグスと泣いていたのは、メグミちゃん。
「ワタシのせいだ……。」
かもね……。
あの根性なしが、この子のために自ら手首を切った。
「そう思うんなら、少しは兄ちゃん労ってやりな。」
「うん……。」
ほんとに、意外だな。
あの、レンがね……。
「本当は、アニキのこと、困らせてやりたかっただけなんだ……。こんなことになるなんて……。」
鼻水をすすりながら、メグミちゃんがつぶやく。
「兄ちゃん嫌いなのか?」
「ううん……。」
「なら、なんで?」
「もっと……しっかりして欲しかったから……。」
まあ、確かに26才の引き籠もりじゃなぁ……。
頼りにならんわな……。
「じゃないとワタシ……いつまで経っても……。」
ポロポロ涙をこぼしながら、メグミちゃんが唇を噛みしめる。
「アイツから……逃げられないよ……。」
ん?あいつ?
「あいつって?」
メグミちゃんは、唇を固く結んで、押し黙ってしまった。
ひどく思いつめた表情だった。
「ねえ、レンに言ってた、あの時みたいに見殺しにするの、って何のこと?」
見殺しにする、なんて穏やかじゃない。
ずっと、心の中で、その言葉が引っかかっていた。
メグミちゃんが、また鼻水をすすり上げる。
俯かせていた顔をゆっくりと持ち上げた。
幼さの残る顔は、涙と鼻水でグシャグシャになっていた。
そのグシャグシャの顔ままで、彼女は笑った。
まるで、自身をあざ笑うかのように……。
「ワタシね……お父さんのアイジンなんだ……。子供をオロしたこともあるんだよ……。お金は、アニキが出してくれたの。」
えっ!?
「へへっ、スゴイでしょ?ワタシまだ13だよ。13でチューゼツが1回。
セックスは、9歳の時からやってる。お父さんが教えてくれたの。
毎晩お父さんにヤられまくって、ワタシは、今まで生きてきたわけ。
へへ……スゴイと思わない?」
彼女は、涙を流しながら笑っていた。
すごい……って……。
「レンは、それを知ってるの?」
「知ってる。でも、アニキは、ワタシを見捨てて逃げたの。自分だけ逃げて、遠くに行っちゃった……。」
それで見殺しか……。
「あのバカ……。」
根性なしにも、ほどがある。
「どうしようもねえ馬鹿ヤローだな、アイツは。」
「へへ……仕方ないよ。アニキ弱虫だもん……。
でもね……優しかったんだ……。
ワタシがお父さんにヤられるようになるまでは、すごく優しくて、可愛がってもくれた……。
ワタシもアニキのことがすごく好きだった……。
でも……結局、裏切られて、逃げられちゃったけどね。」
「お母さんは?お母さんには、言わなかったの?」
この兄妹には母親もいたはず。
レンが知っていると言うことは、母親も……。
「お母さんに?言っても仕方ないよ。」
「どうして?」
「だって、ワタシと一緒にお父さんにヤられてるんだから……。」
「えっ!?一緒に!?」
「へへっ、びっくりした?びっくりするよね。フツーじゃないもんね……。」
確かに、にわかには信じがたい……。
けど、メグミちゃんが、嘘をついているようにも思えない。
「ドロボー猫だってさ。ワタシのことだよ。
笑っちゃうよね。ワタシが、どんなに泣いても助けてくれなかったくせにさ、まるで、ワタシが悪いみたいに言うんだよ。
もう悔しくってさ。
だから、仕返ししてるんだ。
ワタシが気持ちいいって言うと、お父さん喜ぶからね。
お母さんの前で、大きい声出してやるの。
そうすると、すごく悔しそうな顔するから、面白くって……。」
言葉が出なかった。
「そんなの……、そんなの間違ってるよ……。」
それだけを、言うのがやっと……。
精一杯諭したつもりだけど、安穏と生きているオレの言葉なんか、彼女の心に響くはずはない……。