嵐の前-7
「俺の名は、箕田だ……。」
この男に女にされた晩、男はベッドの中で、泣きじゃくるマナミの頭を撫でながら、自分の名を教えてくれた。
呆気なく無情な破瓜を迎え、手のひらには、無惨な火傷さえ負わされたが、箕田は、それ以上ひどいことはしなかった。
一緒に風呂に入り、血で汚れた身体を丁寧に洗ってくれた。
さめざめと泣き伏せるマナミを、いつまでも優しく抱いていてくれた。
一週間、箕田と一緒に過ごした。
朝も夜もわからないくらい、箕田に抱かれつづけた。
手や口の使い方を教えられ、そして、男という生き物が、どれほど凶暴で偉大な存在なのかを、その幼い身体に徹底して教え込まれた。
8日目に、マナミは初めて、箕田以外の男に抱かれた。
きれいなホテルに連れて行かれ、自分の父親とたいして歳の違わぬ男とふたりきりにされた。
ひどく乱暴な扱いだったが、もう、痛みはなかった。
多少の気持ちよさもあった。
だが、見知らぬ男に抱かれている間も、マナミはなぜか、ずっと箕田のことを、胸の中で想いつづけていた。
マナミは、決して美少女ではない。
中の上といったところ。
人並みよりいくらかマシ、といった程度の器量でしかない
だが、どこか憎めない愛嬌のようなものが顔立ちの中にある。
素朴で素直な可愛らしさがあった。
ちょっと生意気そうに突き出た唇と、大きめの前歯が、マナミの可愛らしさを、いっそう引き立たせている。
今どきの子供らしく、背は高くて足も長い。
胸や尻は、ふくよかに膨らんでいるが、全体的には、のっぺりとした身体をしている。
太っているわけではないが、容易に柔らかさを想像させるだけの肉感がある。
股間には、そよ、と風になびくような、まばらな薄い性毛が生えていた。
本当ならば、去年から中学に通っているはずだった。
その淡い性毛の下には、羽を広げた、蝶の刺青。
この模様を刻まれたのは、箕田のマンションを離れて、この建物にやってきてすぐのこと。
ここには、蝶の刺青をした少女と、やはり、羽ばたくような小さな鳥の刺青をした少女の2種類がいる。
鳥の刺青をした少女たちは、「小鳥」と呼ばれ、マナミたちは、「蝶」と呼ばれる。
だが、マナミは知らなかった。
その鳥が、やがて蝶に変わり、そして、いつも一緒に寄り添っていた女たちが、いつの間にか、消えていることを……。
マナミは、ずっと箕田の寝顔を見つめていた。
箕田は、深い眠りにあるらしく、軽くイビキまでかいている。
「見張っていてくれ……。」
以前、箕田は冗談交じりに、マナミに言ったことがある。
理由はわからなかったが、マナミは言われたとおり、背中に箕田のイビキを聞きながら、ずっと入り口のドアを見張っていた。
他の仲間の男たちと一緒にいるとき、箕田は、決して笑顔を見せない。
ずっと神経を尖らせている。
寡黙になり、ひどく鋭い目つきになって、身体中から刺々しいオーラをにじませる。
あまり、仲間の男たちに好意的ではない。
それを、箕田がマナミの前で口にしたことはない。
だが、横柄に少女たちを扱うアイツらを目の前にしたとき、箕田の目には不思議な怒りに似た、ぎらついた光を垣間見ることができた。
箕田も、仲間の前ではマナミをぞんざいに扱ったりもする。
だが、ふたりきりでいるときは、まったく違う。
顔つきが穏やかになり、言葉が優しくなる。
マナミをそばに置いて、安心したように眠りにつく。
箕田は、まだ若い。
まるで、子供のような寝顔だ。
さっきハンガーに掛けたスーツの内ポケットには、箕田の愛用するナイフが収まっている。
マナミは、それを知っている。
まったく無防備に眠る箕田に、そのナイフを突き立てることは容易い。
だが、出来なかった。
あれほど、酷いことをされ、こんな地獄に送られたのに、マナミは不思議と箕田を恨む気持ちにはなれなかった。
夕べも、ふたりの男に抱かれた。
ひとりは、客だが、もうひとりは、箕田の兄貴分であるトリヤマという男だった。
「テメエは、いつになったら孕むんだ!」
荒々しく腰を叩きつけながら、忌々しげにトリヤマは、何度もマナミに向かって吐き捨てた。
客の中には、女の子を妊娠させたがる者がいる。
そして、腹のせり上がった少女を抱きたがる者も……。
箕田は、マナミがそうならないようにしてくれている。
なぜかは、わからない。
しかし、マナミを大事にしてくれているのは、わかる。
ずっと、箕田の寝顔を見つめていた。
身体は、箕田を欲しがった。
もう、そんな女になってしまった
でも、男が欲しいわけじゃない。
ただ、箕田に、寄り添っていたかった。
早く起きて……。
マナミは、頬杖を突きながら、子供のような無垢な寝顔を見せる箕田を、恨めしげに見つめた。
どうしても憎みきれない男の顔が、そこにあった。