見えない正体-17
それは、たまたま偶然だった。
三隅は、集金のトラブルで、黒滝を捜し回っていた。
銀行が閉まる前までに、黒滝の判断を仰がなければならない事態が起きた。
ヘタをすれば、数千万単位の金を失うことになる。
そうなれば、指を詰めるどころでは済まされない。
何度もケータイを鳴らしたが、空しくコール音を響かせるだけだった。
やむなく、三隅は、黒滝のこのマンションを訪れた。
黒滝は、いた。
「ああ、ケータイは、夕べ飲み屋に置いてきちまったんだ。」
黒滝は、電話に出なかった理由を教えてくれた。
上半身は、裸だった。
いかにも慌てたように、ズボンのベルトは締めてもいなかった。
女か……。
三隅には、すぐに察しがついた。
集金のトラブルは、黒滝の判断で事なきを得た。
だが、ほっとした途端に、腹がしぶり始めた。
夕べ食った牡蠣が悪かったらしく、朝から腹の調子が良くなかった。
「すいませんが、便所を貸してもらえやせんか?」
親のところに突然押しかけてきて、挙げ句に、便所まで貸せとは厚かましいにもほどがある。
だが、三隅は、この若い組長にあまり敬意を払っていなかった。
厚顔の為せる技だったろう。
「ちょっと、ごめんなすって。」
「おい!ちょっと待て!」
進入を拒もうとする黒滝を押しのけて、三隅は便所へと走り込んだ。
そして、そこで見たのだ。
わずかに開いていた、寝室の扉。
ベッドの上から、白い肌を露わにして、不安げにこちらを覗いていた女の顔を。
なにっ!?あれは……。
見覚えのある顔だった。
三隅も何度か会ったことがある。
便所の中でしゃがみながら、三隅は頭を巡らせた。
初めは、驚きしかなかった。
だが、次に、不思議な笑いが込みあげてきた。
三隅は、何食わぬ顔で便所を出ると、黒滝に頭を下げて、玄関を出た。
エレベーターに乗り込み、ドアが閉まると、もう、笑いは止まらなかった。