心の傷-6
「なぜ?」
聞きたいからだよ!
「なぜって言われても困るけど……言いたくないの?」
「別にそんなことはないわ……熊本よ。ここに来る前は、熊本に住んでいたわ……。」
「熊本!!?」
「声が大きいわ。」
「あっ、ごめん……。」
熊本と青森じゃ、南と北じゃねえか。
「熊本って、雪降るの?」
「どうして?」
「いや、前にコトリちゃんに聞いたら、雪がたくさん降るところだって、言ってたから」
「降るわよ。冬になったら結構積もるわ……。」
そうなんだ……。
じゃあ、なんでコトリは、あの女の子を知ってるって言ったんだ?
あの子も熊本に住んでたんだろうか?
「あのさ……シホたちって、青森にいたことはないの?青森じゃなくても東北のどこかとか?」
「ないわ。」
あっさり否定かよ。
「どうして、そんなことを聞くの?」
「いや……それは……。」
「結婚してから、ここに来るまでの間、ずっと熊本にいたわ。」
なんか、切り口上だな。
「……んと、離婚したのは……。」
シホたちが、この街にやってきたのは4年前だ。
だが、離婚したのはコトリがお腹にいた頃だと聞いている。
離婚してからも、しばらく熊本に住んでいたことになるんだが……。
「コトリが1才の頃よ。」
ん?離婚したのは、コトリが生まれてからか……。
「ということは……。」
「何が聞きたいのかわからないけれど、離婚してからも、しばらくは熊本に住んでいたわ。もちろん夫とは別々だったけど。何もなければ、そのまま熊本にいたと思うけど……でも、コトリのことで夫と揉めて、それで、仕方なくこっちへ移ってきたのよ。」
シホは、どうやらオレの意図を察したらしい。
聞いてもいないことを丁寧に説明してくれる。
しかし、瞳の中にわずかに嫌悪の色があった。
「揉めたってのは、例の?」
「そうよ、あの人がコトリを欲しがったの。だから、私たちは逃げるように熊本を出てきたのよ。」
逃げるようにね……。
そこまで追い詰められたってことは、やはり、前の旦那ってのは、相当強引なヤツらしいな。
「その時に、お世話してくれたのが重丸さんよ。父の古い知り合いだったから、父が頼んでくれたの。どう?これでいい?」
これでいい……って……。
「なんか、勘違いしてるみたいだけど、オレは別に……。」
「そうよ、私は何も悪くないわ」
きつい眼差しがオレに向けられていた。
「悪いだなんて、何も……。」
「そうとしか聞こえないわ。どういうつもりか知らないけれど、昔のことばかり私に訊ねて……コトリは、あなたと一緒にいるときに倒れたのよ。少しは……少しは、責任とか感じないの!」
最後の方は、かなりトーンが高くなっていた。
「それは……。」
「ごめんなさい。しばらく、コトリとふたりだけにして。」
「シホ……。」
「悪いけど、今はあなたの顔を見ていたくないの。お願いだから、ふたりだけにして」
きっぱりと、はねつける口調だった。
シホは、小さなため息を吐くと、また、コトリの手のひらを握りしめていった。
しばらく、シホの背中を見つめていたが、二度と彼女は、オレの方を振り向いてはくれなかった。
黙って、部屋を出た。
オレって、バカだ……。