過去のない女-4
――青森 某所――
ひでぇ匂いだ…………。
糞か……。
いいや、この匂いはそれだけじゃねえな。
3年……いや、4年ぶりか……。
4年分の精進落とし。
もう3日目だ。
3日もかけて垢落としをしてんだから、これぐれぇの匂いがするのは、当然か……。
「ミノ、いたか?……」
「へい、風呂場でクソまみれになって、ぶっ倒れてました。」
「息の方は?」
「大丈夫です。かなり飛んで白目剥いてましたが、息はしてました。」
「そうか。体洗ってやって、いつもの先生んトコへ運べ」
「へい……。」
まったく、泣けてくるね。
こんな朝早くから呼び出されて、クソまみれの女の後始末かよ。
しかし、生きてただけ、まだマシか……。
アレだけの器量よしは、滅多に手に入いらねえからな。
ガキの方も無事みてえだし、取りあえずは一安心ってところか……。
いきなり商売モン消された日にゃ、こっちも泣くに泣けねえからな。
あーあ、ガキの方は、すっかり手なづけちまったみてぇだな。
母親が死にかけてるってのに、嬉しそうに笑ってやがるよ。
名前はなんだっけか……。
そうだ……タカコだ。
確か、そんな名前だった。
けっ!あんなデケェもんケツに突っ込まれても、平気な顔かよ。
相変わらず、オジキはガキの扱いがうめえや。
「トリの兄貴。あのオジさんは?」
ハツか……。
オメェは、まだオジキを知らなかったな。
「よく覚えておけ……。あの人がこれから俺たちのカシラになるお方だ……。」
「えっ!?しかし、あのオジさんは……。」
そうよ。うちのオヤジとは犬猿の仲よ。
うちは本家筋。向こうは今じゃ外様だ。
だがな……。
だからこそ好都合なんだ。
現にオジキがパクられたときも、ウチにゃお咎めがなかった。
ウチとオジキんところは、同系とはいえ、いつ出入りがあってもおかしくねぇ、ってくらい仲が悪い。
おかげで俺たちとオジキがつるんでるなんて、誰も気づかなかったろ?
それで、俺たちもパクられずにすんだわけだ。
オジキがひとりで被ってくれたってのも、でかかったがな。
たかが粉の不法所持だったが、再犯だったのもあって、4年も喰らっちまった。
せっかく、あのブタ野郎を使って、これから一儲けしようって時だったのに。
そういや、アイツの名前は、なんつったかな……。
あのブタ野郎に影のように、いつも、ひっついていた男。
優男みたいな顔してやがるくせに、エライ肝っ玉の据わった野郎だった。
会う度にいつも俺を睨んでやがったっけ。
オジキがパクられたのも、あの野郎が何かしやがったに違えねえ。
じゃなけりゃ、オジキが粉の不法所持なんて、間抜けなことで捕まるわけがねえ。
今度会ったら、ただじゃおかねぇ。
必ず、ぶっ殺してやる。
「いいかハツ……。あのオジさんのことは、誰にもしゃべるんじゃねえぞ。」
「へい。それは、わかってますが……。」
「いいや、おめぇはわかってねえよ。」
「えっ?」
「へへっ、オメエ、素手で殴り殺される恐怖ってわかるか?」
「素手ですか?ゴロ巻きなら、得意ですぜ。」
「じゃあ、あのオジさんとやってみるか?テメェがいかに無力で、ただの腰抜けなのかが、よくわかる。」
「あのオジさんって、そんなに強えんですか?」
「俺も腕っ節には多少自信はあるがな……。あのオジさんと比べたらノミみてぇなもんだ。さしずめ、あのオジさんは、昔この地球上で暴虐の限りを尽くしたティラノサウルスってところだな。」
「へぇー。」
「へぇ、じゃねぇ。わかってんのか?オメェが、もし、オジさんのことを誰かにベシャって、それで俺たちの仕事に支障なんか出てみろ。オメェは、そのティラノサウルスになぶり殺しにされるんだぞ。テメェがどんだけ抵抗しようが、あの人には関係ねぇ。自分の骨が一本一本砕かれる音を聞きながら、オメェは、この世とおさらばすることになるんだ。そうなりたくなかったら、テメェのそのスカスカの脳みそにしっかり刻んどけ。あのオジキのことは、絶対に誰にもしゃべるな。」
「へい……。」
まったくすげぇ人だよ。
腕っ節だけじゃねえ。
頭もキレる。
娘と母親を同時にバイさせるなんて、俺も最初は半信半疑だったが、あれほど、でかい商売になるとはな……。
オジキがぶち込まれて以来、派手にやるのは控えていたが、晴れてオジキが出てきた今となっては、もう心配する必要もねえ。
また、でかい花火を打ち上げてやる……。
その為にも、今からしっかりと手綱を締めておかねえとな。
「アニキ、女の支度ができましたぜ……。」
「そうか。だったら、さっさと運び出せ……。わかってんだろうが、裏口から行けよ……。」
「へい……。」
まだ8時前じゃねえか……。
あのヤブ医者の怒った顔が目に浮かぶぜ。
だが、どうせ、あのジジイも診察にかこつけて悪さしてんだ。
早朝料金代わりだ。
今回は目ぇつぶってやるから、しっかり楽しみな。