過去のない女-10
――シホの部屋――
「すみません。少し、遅れます……。」
休めばいいじゃん。
「だめよ……。みんなに迷惑がかかるもの……。」
ゴムまりのように弾む乳房を手触りを手のひらに愉しんでいた。
「タカ君は、仕事、いいの?……」
シホは、ケータイを枕元に置くと、また、オレの腕枕に気怠そうに身体を横たえる。
時計の針は、そろそろ9時になるところ。
もうすぐ就業開始時間。
「あ、ああ……」
シホたちを監視するために、シゲさんから与えられた長期休暇。
曖昧な返事に、シホがクスリと笑う。
「重丸さんから、頼まれてるんでしょ?」
「どうして、そう思うの?」
「わかるわ……。あの人のやりそうなことだもの……」
あの人……。
「前にも聞いたけど、シゲさんとはどういう関係なの?」
わずかにシホの表情が曇る。
「父の……父の古い知り合いなの。それで、こっちへ越してくるときに、色々とお世話になったのよ……。それだけ……。」
へぇー、そうなんだ。
お父さんとシゲさんがね。
じゃあ、初めからそう言えば、なんもいらん心配しなくてすんだのに。
泣きながら拒むことじゃないじゃん。
「あ、でも……。」
納得しないようなオレの顔を見て、シホがつづける。
「コトリのことでも、相談に乗ってもらっていたの……。」
「相談?」
「ええ……ちょっとコトリのことで心配なことがあって……。タカ君には、迷惑かけたくなかったから、あまり、言いたくなかったんだけど……。」
シゲさんの言ってた、拉致の可能性って……それか?
もう十分迷惑かけてるから、この際、思い切って全部話しちゃって。
「コトリちゃんのことで相談って、なに?」
シゲさんは、コトリの方が危ないと言っていた。
「その……」
すごく言いづらそうな顔。
何度もオレの顔色を窺っては、目を伏せる。
さっさと言え。
「その……別れた前の主人が……。」
前の旦那が?
すぐに、頭の中に、タンスにあった男の写真が思い出された。
「……コトリを……。」
コトリちゃんを?
「……引き取りたがってるの……。」
げっ!まさかよ!
「それで、重丸さんに何度か相談したことがあるの。この前の体育館でも……。」
ああ、あの時。
そういや、オレのことを確かめる意外にも、何か用事があったようなことを言ってたな。
しかし、妙だ。
シゲさんは、拉致される可能性があると言っていた。
と、言うことは……。
「もしかして、そいつが、コトリちゃんを、連れ去る可能性があるわけ!?」
子供の養育を巡って、誘拐まがいの行為に出る親がいるのは聞いたことがある。
写真に写っていた男の冷徹そうな眼差しが、妙に冷たい印象をオレに抱かせた。
アイツなら、やりかねない……。
「連れ去られるは、オーバーだけど……でも、意外と強引で、無茶をするところがある人だから……。」
じゃあ、やっぱり誘拐される可能性があるってことじゃないか?
「夕べ、守って、って言ってたのは、そのこと?」
シホは、考え事をするようにオレの胸を見つめていた。
小さな頭が、すぐ横にある。
「え、ええ……そうだけど、でも、夕べのことは、忘れて……。大丈夫だと思うから……。」
不安そうな声だった。
大丈夫って……。
そんなんで、納得するわけねえだろ!
細い顎を掴んで、振り向かせた。
「コトリちゃんを取られたくないんだろ?」
睨むように見つめて問いかけた。
驚いた顔をしていたシホの瞳が、そのうち、じんわりと潤んでいく。
「どうしよう……。」
細い腕が背中に回される。
シホが、すがるようにしがみついてくる。
「……守ってやる……。絶対にオレがコトリを守ってやる……。」
細い身体を強く抱きしめた。
嘘じゃない、と言い聞かせるように、オレは唇を重ねていった……。
結局、そのあともシホを抱いた……。
絡み合うように肌を重ねあい、当たり前のようにシホの中にぶち撒けていた。
一緒にバスルームに入り、身体を洗いあった。
シホは、オレの身体を甲斐甲斐しく手で洗ってくれた。
また、欲しくなって、バスルームでシホを抱いた。
どうしようもないくらい、身体がシホを欲しがって仕方なかった。
求めれば、シホはどんな事でも拒まなかった。
シホを足下に跪かせ、傲然と仁王立ちになった。
オレが許すまで、シホは口を使いつづけた。
頭を抑えつけて、深く押し込んだところで、シホは、すがるような目で見上げるだけで不平ひとつも言わなかった。
壁に手をつかせ、お尻を犯した。
夕べのような獣じみた声じゃなく、すすり泣くような細い声でシホは泣いた。
すぐにでも折れてしまいそうな華奢な身体に脳を灼き、幼さの抜けきらぬ甘い声に、喩えようもない昂奮を覚え、そして、抱くたびに違う表情を見せる、あどけない顔に途方もない愛しさを感じてならなかった。
狂いかけていた……。
シホの身体に溺れている。
どうしようもないまでに執着してしまう。
だからかもしれない……。
オレは、アイツの話しの中に、ふたつの大きな嘘があることに、まったく気づかなかった……。