旅の始まり-16
<AM0100 自宅アパート前の路地の中>
うぅー……眠たい!
眠い目をこすりながら、アパートの前にある路地に立っていた。
路地といったところで、人の入れる隙間がやっとあるくらい。
一軒家と一軒家の間にある狭い壁の隙間。
シホの部屋を監視していた。
道路をはさんだ向こう側、オレの正面にシホの部屋が見える。
(拉致される可能性がある…………)
シゲさんは、そう言っていた。
もし仮にそれが本当だとすれば、人目のある昼間は考えにくい。
シホとコトリでは昼間の生活パターンも違う。
それに、ひとりずつでは、能率が悪いし、露呈する危険も倍になる。
その問題を解消するためには、夜だ。
それも深夜を狙うのが、もっとも安全で確実かつ効率的だ。
深夜ならば、あのふたりは間違いなく部屋にいる。
ふたりを同時に、さらうのにこれほど適した環境はない。
やるなら夜だ。
オレならば、そうする……。
あまりにも情報が少なすぎて、相手の出方がわからなかった。
出方がわからないときは、自分に置き換えて思考するのがセオリーだ。
この辺りは、住宅地で家が密集しているが、夜になれば、ほとんどひと気はない。
近くにコンビニや深夜営業の店がないから、深夜ともなれば、人の足は、ぱったりと途絶えてしまう。
まれに、目の前の道路を、クルマが横切っていくだけで、不気味なくらいの静けさがある。
今の時間ならば、鍵さえ開けることができれば、難なく、あのふたりをさらうことができるだろう。
昼間は捨てて、監視の重点を夜間に置くことに切り替えた。
ひとりで監視するには、どちらかに絞らなければ、身体が持たない。
それにシゲさんが言っていたように、昼間は、シホもコトリも安全だと考えられる。
どちらも人目の多い場所にいるからだ。
よほどのことがない限り、ふたりに危険が及ぶことはない。
オレは、そう考えていた。
夜に見張って、昼間に寝る。
コトリが帰ってくるくらいの時間に起きれば、身体もそれほど堪えないだろう。
それに滅多にないチャンスだ。
学校から帰ってきたコトリに、目一杯悪さしてやる。
あんなコトやこんなコトを教え込んで、めちゃくちゃエッチな女の子にしてやる!
なんてなコト考えてたら、起きてきやがった。
現金なヤツ……。
昼間は、あんなに寝てたくせに……。
お前と違って、オレは眠たいよ。
朝に2時間、夕方に同じく2時間くらいか?
オレは8時間以上寝ないとダメなのよ。超健康優良児だから。
しかし、それにしても腰が…………。
ずっと立ち続けていると、超健康優良児でも、さすがに腰がやられてくる。
勃ちっ放しで平気なのは、お前だけ……。
明日、実家に帰って、折り畳みイス持ってこよ…………。
わずかに伸びる外灯の光が、ぼんやりとアパートを照らしていた。
どの部屋も真っ暗。
シホたちも、きっと、ぐっすり眠っているに違いない。
そういや海上保安官さんも、陸上自衛官さんも、今頃は寝ているんだろうか?
たまに上の部屋からは、夜中にギシギシと、音が聞こえたりする。
何度か駐車場で挨拶を交わしたことはあったけど、どちらも若そうで精悍な顔つきをしていた。
どっちも可愛らしい奥さんだったなぁ。
お隣の奥さんは、まだ小さな赤ちゃんを抱いてたっけ。
あの奥さんの乱れたところを見てみたい……。
………………………………………………。
男のスケベって、永遠に変わんねえな。
今は、すごく恵まれた環境にいる。
一緒じゃないけど、シホとコトリのふたりを自由にすることができる。
そんな、幸せな環境にいて、なに言ってんだか……。
だから、この幸せを奪おうとする奴らは許さない。
出てくるなら、出てこい!
オレが、まとめて打ちのめしてやる!
ってか、早く出てきて…………。
すごく眠たいの…………。
って……出た!!!
唐突にパジャマに、カーディガンを羽織った、シホが玄関から現れた。
なんだ、いったい!?
思わず、伏せるようにして身を隠した。
シホは、足音を殺すように、階段を下りていく。
駐車場を横切り、前を走る道路の左右を見渡した。
クルマが来ないことを確認した彼女は、小走りで道路を渡ってきた……。
「何してるの?」
「へっ!?」
目の前にシホが立っていた。