孤独な王様-6
その男たちが現れたのは、父が死んでから、ひと月もしない頃だった。
父は、大きなトラックの運転手だった。
「どうだ、凄いだろう。」
父に連れられて、いつもトラックが置いてある駐車場に行ってみると、そこにはいつもとは違うトラックが置いてあった。
「今度、タカコにも乗せてやるからな。」
父は、自分だけのトラックを手に入れて、とても嬉しそうだった。
「困ったパパね。」
母は、父ほど嬉しくはなかったらしい。
父は、母に内緒で、勝手にトラックを買ったらしかった。
綺麗なトラックだった。
父は、とても嬉しそうにそのトラックを眺めていた。
父の嬉しそうな顔を見て、母は、困ったような顔をしながらも、優しげに目を細めていた。
とても綺麗な母だった。
いつも笑顔を絶やさない明るくて優しい母だった。
タカコは、この若くて美しい母が大好きでならなかった。
だが、ある日突然、母からその笑顔が消えてしまった。
父が死んだのだ。
父は、タカコとの約束を守ることなく、そのトラックに乗り、交通事故に遭って死んでしまった。
ひどく雪が降った、寒い日だった。
母は、泣いた。
大きな声で泣いた。
タカコは、父が死んでしまったことも悲しかったけれど、何より、大好きな母が、悲しそうに泣くのが、辛くてならなかった。
そして、悲しむタカコにさらに意地悪をするように、悪夢は、すぐにやってきた。
父が死んで、それほど日が経っていなかったある晩、その男たちは、突然、何の前触れもなくタカコたちのアパートにやってきた。
「金を返せ。」
アイツらは、しきりにそんなことを言っていたような気がする。
ひどく横柄でガラの悪い男たちだった。
何度も母に迫り、大きな声で怒鳴り散らしていた。
タカコは、怖くて、身体が震えてならなかった。
どうやら父はトラックを買うためのお金をアイツらから借りていたらしかった。
男たちはしつこく、母に金を返せと迫った。
「利息だけでも払ってもらおうか?」
男のひとりが、ひどく卑下た笑みを浮かべて、母にそう言った。
周りを、3人の男が取り囲んでいた。
有無を言わせぬ迫力があった。
母の顔が、無惨なほどに青ざめていた。
男のひとりが、母の手首を掴んだ。
母は、抗った。
抗う母の耳元で、その男が何事かを囁いた。
それで母は、逆らうのをやめた……。
「自分の部屋に……帰ってなさい。」
震える声で、母はタカコに向かって、それだけを言った。
タカコは恐ろしくて、逃げるように自分の部屋に帰った。
すぐに隣の寝室から母の悲鳴が聞こえてきた。
「いやっ!やめてっ!お願いです!やめてくださいっ!!」
必至に懇願する母の悲鳴。
何かを引き裂くような音。
男たちの荒々しい声。
男の怒声の後に、何かを叩くような乾いた音がして、母の悲鳴がやんだ。
「堪忍してください……お願いですから、許してください。」
悲鳴は、泣き声に変わっていた。
母は、すすり泣いていた。
タカコは、耳を塞いだ。
怖くてどうしようもなかった。
母は、ずっと泣き続けていた。
どれだけの時間、母は、泣いていたかわからない。
一緒に聞こえていた男たちの卑下た笑い声。
そして、はばかることなく上げていた獣のように吼える声。
怖くて眠ることも出来なかった。
母の泣き声は、一晩中続いた。
絶えることなく、母は、泣き続けていた。
タカコも恐ろしくて、母の泣き声を聞く度に、耳を塞ぎ続けた。
そして、明け方近くになった頃、母の声が変わっているのに気がついた。
絡みつくような濡れた泣き声。
父が生きていた頃に何度か聞いたことがある。
あの声だった……。