孤独な王様-2
第1節
どんなにケータイを鳴らしたところで、アイツには繋がらなかった。
短いメールもしてみたが、やはり返事は、返ってこなかった。
(タカ!やばいよっ!オレ、見つけちゃったんだ……。ヤバイよっ!すぐに来て!お願いだから、すぐに来て!)
いったい何があった?
奴になにが起きたんだ?
マンションに辿り着いた頃には、11時を回っていた。
奴の住んでいる部屋は15階。
エントランスにあるインターフォンで、奴の部屋を呼んでみたが、やはり応答はなかった。
ひどい胸騒ぎがした。
はやる気持ちを抑えてエレベーターに乗り込んだ。
こんなときは、まず落ち着くことだ
焦るとロクなことがない。
修羅場をくぐった経験は何度もある。
学生の頃は、とてもホメられた生活じゃなかった。
それでも階数を表示するデジタル数字の変わっていくのが、ひどくもどかしく感じてならなかった。
エレベーターを降りると、すぐ目の前にアイツの部屋があった。
床面積100m平方を超える3LDK。
奴はここに、独りで住んでいる。
オレと同い年でたいした奴だ。
いかに、奴がネット株で儲けたかがわかる。
取りあえず、夜逃げの場所は、確保できたな……。
玄関のドアに近づいた。
壁に身体を預けて、中の様子を窺う。
これがテレビの刑事ドラマあたりなら、ケツに差した拳銃を、胸に構えたりするんだろうが、あいにくオレはそんな上等なものを持っちゃいない。
だが、オレには拳銃なんかより、はるかに早くて強力な武器がある。
接近戦なら、鍛え上げた人間の身体にかなう武器はない。
右手の拳を握りしめた。
息を殺して中の様子を窺う。
わずかに人の動く気配が感じ取れる。
どうする?正攻法でいくか?奇襲をかけるか?
奴は、ケータイに出なかった。
インターフォンの呼びかけにも応答しなかった。
出ないのではなく、「出られない」と考えた方がいい。
何者かの力が作用している。
そう考えた方が妥当だ。
ならば、奇襲だ。
相手が何人いるのかわからない。
正攻法でまともにいくのは賢いやり方じゃない。
奇襲で一気にケリをつける。
だが、問題がある
玄関のドアはオートロックだ。
奴が、マスターキーのカードを使って、開けていたのを何度か見たことがある。
奇襲をかけるにも、まずこのドアが開いてくれないことには、どうにもならない。
試しにドアノブに手をかけてみた。
軽く引っ張ってみると……
スッと音もなくドアは開いた。
開く……。
やはり何事かが起こったのだ。
でなければ、オートロックのドアが何もせずに開くわけがない。
静かにドアを開けて、中の様子を窺う。
誰もいない。
わずかな隙間から、体を滑り込ませた。
ドアが閉まると、ホールから差し込んでいた光が失われ、途端に目の前は暗闇に覆われる。
ほんの一瞬だが、真っ暗になって、何も見えない。
少しずつ目が慣れてきて、ようやく、辺りの配置がわかるようになってきた。
ちなみに、人間の目が暗闇に慣れていくのを『暗調応』と言う。
暗調応は、通常の人間なら、15分から20分かかるのが普通だが、オレは、2分から3分で目が慣れる。
小さな頃から、ほうれん草やニンジンをたくさん食べてきたからだ。
ほうれん草やニンジンに多く含まれるビタミンAが、人間の目を健康な状態に維持してくれる。
逆にビタミンAが足りないと、夜盲症になる。いわゆる『鳥目』だ。
『百聞は一見にしかず』という言葉があるように、人間の身体の中で、目ほど大量の情報を一挙に獲得できる優れたレーダーはない。
「目が悪い者は、一流の格闘家になれない。」
オレだけに教えてくれた館長の言葉だ。
だから、オレはガキの頃から野菜をたくさん食べて2.0の視力を維持しつづけてきた。
視力を維持するために、勉強もしなかった!
…………。
と言うわけで、イイ子のみんなは、野菜を、たくさん食べようね♪
足音を忍ばせながら、ゆっくりと奥へ進んだ。
広いリビングに、人の気配はない。
耳をすませると、くぐもった声が、となりの部屋から聞こえてくる。
アイツのコレクションルーム。
ヤツが愛してやまない、人形たちの部屋。
そっと、ドアを開けて、わずかな隙間から中の様子を窺った。
真っ先に目に飛び込んできたのは、暗闇の中に浮かぶ小さな影だった。
部屋の真ん中に一体だけ、ぽつんと人形がおかれている。
闇の中でわかるほど、鮮やかな光沢を放つ髪。
ん?金髪か?
そんなのいたっけ?
後ろを向いているから、どんな顔をしているのかわからない。
その人形の下に、縦に伸びる長い影があった。
投げ出されていた2本の足。
アイツだ……。
感でしかなかったが、オレには、その影がはっきりアイツだと確信できた。
「うっ!」
思わず息を呑んだ。
目を見開いていた。
人形の髪が動いている。
いや、頭が動いているのだ。
オレの呻き声が耳に届いたのか、小さな影の動きが止まる。
信じられなかった。
背筋が凍りついた。
ゆっくりと立ち上がっていく。
金色の髪をした人形が、オレの目の前で、ゆっくりと2本の足で立っていく!
風もないのに、ドアが開いた。
まるで、隠れてもわかるのよ、と言いたげに、オレの前から遠ざかっていった。
人形が、完全に立ち上がった!
そして、首が、オレの存在を確かめるように、ゆっくりと後ろへと回っていった…………。
ギャアァーーーーーーーー!!!。